原動機付自転車って一体なに? 名前の由来を徹底解説
日常の足として大活躍する原付の正式名称は原動機付き自転車なのですが、形はスクーターだったり、スポーツタイプのバイクなど、どこからどう見てもバイクの一種。ではなぜ、自転車と呼ばれているのか、その歴史に迫ります。
法律によって異なる原付の定義
小型や中型、大型といった区別はサイズや排気量によるものとすぐに分かります。しかし、日常の足として大活躍する原付についてはどうでしょう。正式名称は原動機付き自転車なのですが、自転車と付く時点でハテナマークが並びます。
形はスクーターだったりスポーツタイプだったりと、どこから見てもバイクです。ではなぜ、正式名称には自転車という言葉が付くのでしょうか。

まずは原付の定義から、ご紹介します。
原付の正式名所は原動機付き自転車と呼ばれ、道路交通法では50cc以下のバイク。一般的にも原チャリなどと呼ばれ、身近な存在となっています。
一方で、車両そのものを規定する道路運送車両法では50ccを超えた、125cc以下も原付と規定。50cc以下を原付一種、それ以上から125ccまでを原付二種、さらに原付二種については51ccから90ccまでを乙、91ccから125ccまでを甲と呼んでいて、それぞれナンバーの色が黄色とピンクに分けられます。
また、最近増えている電動バイクについては排気量ではなく、道路運送車両法ではモーターの出力が0.6kW以下を原付一種、0.6kW超えから1.0kWまでを原付二種と分類しています。
形は自転車ではないのに、なぜ自転車と呼ばれるの?
原動機付き自転車といっても、原付は一般的なスクーターやバイクと同じような形をしています。つまり自転車には似ていないわけで、ミニバイクやミニスクーターと呼んだほうがいい気がするのですが、その歴史をさかのぼると自転車がカギとなることが分かります。

もともと、オートバイは自転車のフレームにエンジンを載せた乗り物がルーツなのですが、それとは別に自転車に補助エンジンを装着したものもあり、戦前からイギリスなどで作られていました。
いずれにしても基本はあくまでもペダルが付いた自転車に原動機が積まれた乗り物ということで、原動機付き自転車と呼ばれるようになった訳です。原付とは広く普及している自転車に動力をプラスして簡単に作れる乗り物で、日本では終戦直後の物資がない時代に多く登場しました。
あの大メーカーも始まりは原動機付き自転車
原動機付の自転車は、小さなエンジンがあれば簡単に作れることから、各地有象無象のメーカーが作っており、現在のホンダやスズキのバイクもルーツは原付でした。

例えばホンダは、1946年に創業者である本田宗一郎氏が知り合いの家に置いてあった、戦時中に陸軍で使用されていた無線機用の発電機をたまたま見つけ、湯たんぽを改造したタンクを付けて自転車に載せたのが二輪作り、そしてホンダのルーツとなります。
試作車を最初に試乗したのはさち夫人で、意見を聞きながら改良を施しつつ、残されたエンジン500機をすべて買い取って、改良したうえで販売した物が人気となりました。
その後、買い取ったエンジンがなくなったことから、自社でのエンジン開発を開始。当初はハイパワーな2ストローク、通称エントツエンジンを試作したものの失敗し、オーソドックスなスペックに抑えたA型自転車用補助エンジンを1947年に発売しています。
これがホンダ独自の製品としては初めてのもので、それを自転車に装着していた為、どこから見ても原動機付きの自転車でした。

同じくスズキは、さらに熱心でした。パワーフリーと呼ばれる、自転車に付ける補助エンジンを1952年に発売。36㏄で十分だという考え方で作られていて、2ストロークで1psを発揮。実際に当時の難所、箱根峠を問題なく超えたというエピソードも残されています。
さらに1953年には排気量を60㏄にしたダイヤモンドフリーを発売。富士登山レースと呼ばれるレースの補助エンジンクラスで優勝したり、札幌から鹿児島までの3000kmを走破するなどの功績によって人気が高まり、月産6000台にまで達したという記録も残されています。
さらにスズキは、この補助エンジンにこだわり、1954年にはパワーフリーをフルモデルチェンジした、50ccで2psを発揮するミニフリーを発売。最高速度は45km/hに達するなど、見た目は自転車にエンジンを載せたものでしたが、性能は次第にバイクに近いものになっていきました。
その後は補助エンジンではなく、現在のバイクへと進化していきますが、前述したようなルーツがあるので、簡易なスクーターやバイクは原動機付き自転車という言葉で呼ばれ続けて現在に至ります。
このように、バイクメーカーのルーツにも関係するのが、今は少し不自然に感じる「原付」という名称です。











