いまとなっては懐かしい、フォーミュラEの笑える場面 ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.251~

レーシングドライバーの木下隆之さん(筆者)は、MotoGPでレース中にマシンを乗り換えるライダーの姿は、かつてのフォーミュラEのドライバーと違って華麗だと言います。どういうことなのでしょうか。

いまとなっては懐かしい、笑える場面

 レース中にドライバーがマシンを乗り換える。いまではちょっと懐かしいシーンになってしまいましたが、EVのF1と呼ばれるフォーミュラEの黎明期、つまり2014年から2015年ごろのレースは実に滑稽なものでした。

現在のフォーミュラEでは、「電欠」のために苦肉の策でマシンを乗り換えるシーンはない
現在のフォーミュラEでは、「電欠」のために苦肉の策でマシンを乗り換えるシーンはない

 というのも、当時のバッテリー性能はとても貧弱でしたから、搭載可能なエネルギーはわずか28kWhの容量しかありませんでした。ところがレース距離は100kmもあります。内燃機関を搭載したF1は約300kmを給油なしで戦いますから、わずか100kmのレースは距離としてはそれほど長くはないのですが、それでも28kWhのエネルギーでは無給電で走り切ることができません。かといってガソリンマシンが給油するように給電することもできません。ピットインして30分も1時間もチャージすることは現実的ではありませんから、苦肉の策で、ドライバーがマシンを乗り換えました。そんな珍事が発生したのです。

 マシンがピットになだれ込んできます。ピットにはもう1台の同じ仕様のマシンが用意されています。ドライバーは電気がほぼ空になったマシンから、あらかじめ準備されていたもう1台の満充電のマシンに乗り換えてレースを続行したのです。

 ただし、フォーミュラーカーですからドライバーの乗り降りはけして簡単なものではありません。狭いコックピットの中でシートベルトを外し、「よっこいしょ」と掛け声があったかどうかはわかりませんが、シートから抜け出し、もう1台の狭いコックピットに潜り込みます。それからおもむろにシートベルトを組み込むわけですが、素早く鮮やかにはこなせません。モタモタしながらようやく準備を整えて、コースに飛び出すのです。

 コース上で1秒を稼ぐのが困難なところ、乗り換えで数10秒をロスすることが頻繁に起こりました。つまり、コース上の速さよりも乗り換えの速さでほぼ順位が決定してしまうのです。これは滑稽ですよね。

 バッテリー性能が飛躍的に良くなった現在では、搭載するエネルギーも増え、エネルギー効率も格段に高まりました。ですからそんな不格好な乗り換えレースはなくなりましたが、いまとなっては笑える思い出です。

 先日、MotoGPでの乗り換えシーンを観戦していて、黎明期のフォーミュラEのそんな滑稽なシーンを思い出しました。ですが、MotoGPの乗り換えはとても鮮やかでした。

「フラッグ・トゥ・フラッグ」と呼ばれるそうですが、ピットに飛び込んできたライダーがもう1台のバイクに飛び乗ります。その鮮やかな乗り換えは、サーカスのショーのようでもあり、体操選手の鞍馬のようです。タイムにして1秒あるかないかの早業なのです。フォーミュラEのそれとはまったく別物ですね。

 乗り換えの目的も、フォーミュラEとは異なるようです。フォーミュラEはバッテリーが空になるから苦肉の策ですが、MotoGPのそれは、コースコンディションの変化に対応するものだそうです。

 雨が降ってきてドライからウェットに変化した。そんな理由で乗り換えるのです。タイヤ交換をするより素早いからですね。

 ともあれ、フォーミュラEとは違ってその華麗な乗り換え技は十分にエンターテインメントに耐えうるものですし、これからもそんなシーンを観戦したいものです。

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Writer: 木下隆之

1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。

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