スズキ「KATANA」と言えば伝説の1100……だけじゃない!? じつはバリエーション盛り沢山!! 紆余曲折ありながら現行モデルに継がれる名車の系譜とは
他に類を見ない独自のスタイルを待つスズキ「KATANA(カタナ)」のルーツは、1981年に登場した「GSX1100S KATANA」にあることは広く知られていますが、じつはその名を冠するバイクは思った以上に多く存在します。
「KATANA」と言えば「センヒャク」!?
2019年の発売以来、スズキ「KATANA(カタナ)」は唯一無二のスタイルで高い人気を誇ります。その原型は2017年のミラノショーに向けて、イタリアのバイク誌『モトチクリズモ』が企画したコンセプトバイクの「KATANA 3.0」でした。
それは1981年に発売された「GSX1100S KATANA」をオマージュしたもので、いまだ大人気の旧車というだけでなく、漫画やドラマに登場したり、カスタムベースとしても有名です。
どうしてここまでライダーを魅了する存在となったのか? レジェンドマシンと呼んで過言ではない「GSX1100S KATANA」の登場と変遷を紐解きます。

2ストロークエンジンが主体で、国内では4ストローク最後発のスズは、1976年に4ストローク4気筒DOHC2バルブエンジンの「GS750」を発売し、2年後の1978年にはそれをベースに開発した初のリッターバイク「GS1000」(輸出モデル)を輩出します。
そして後継モデルとして1980年に、DOHC4バルブで高性能化を図った「GSX1100E」を生み出します。このバイクは当時の流行だった角型基調のデザインを取り入れていましたが、とはいえオーソドックスなスタイルでした。
しかしスズキは、より個性的なスタイルを模索してドイツのターゲットデザイン社にデザイン開発を依頼します。そこで「GSX1100E」ベースのプロトタイプが作成されました。
このプロトタイプは1980年のドイツ・ケルンショーで展示され、デザインの良否をアンケートで問うと、「大嫌い」と「大好き」に二分されたそうです。
この結果から、スズキは「GSX1100S KATANA」の開発を決定し、ほとんどプロトタイプのスタイルのまま、1981年に(輸出モデルとして)発売した、という経緯になります。
発売と同時に人気を集めた「GSX1100S KATANA」は、1983年にマイナーチェンジ、カラー変更を経ながら1987年まで販売されますが、生産終了します。
人気のわりに販売期間が7年と短い感じもありますが、世界的にバイクブームだった1980年代と考えると、比較的長いモデルサイクルだったかもしれません。
ところが1990年に、スズキの創立70周年を記念して「GSX1100S KATANA」が世界限定1000台で復刻されます。さらに日本国内の排気量上限の自主規制の撤廃を受けて、1994年に初の国内モデルが登場します。

それから「GSX1100S KATANA」は販売を続け、2000年のファイナルエディションまで20年ものロングセラーモデルとなりました。ファイナルエディションは数々の専用装備が奢られ、現在の中古車市場でも非常に高人気です。
ちなみに初代「KATANA」と言えば1100cc(正確には1074cc)をイメージしますが、じつはアメリカのAMAレースに参戦できるように、レギュレーションに合わせて排気量を998ccに縮小した「GSX1000S KATANA」も販売されました。とはいえこちらは1981年から1983年まで、僅か300台しか生産されませんでした。
「ナナハン」のハンドルにガックリ……
日本国内では1969年以降、国内販売モデルの排気量の上限を750ccとする自主規制がありました。これはバイクの事故や暴走族の増加など、当時の社会問題への対応でした。そのため「GSX1100S KATANA」は輸出専用モデルとなり、国内販売はされません。
そこで1982年に登場したのが「GSX750E」をベースとした「GSX750S」です……が、前年1980年に、「GS650G」というバイクが発売されています。
じつはスズキがデザインを依頼したターゲットデザイン社は、「GSX1100E」ベースのプロトタイプとは別に、「GS850G」ベースのプロトタイプも提案しており、それが「GS650G」として販売されたわけです。
「国内初のKATANAデザイン」ということで、意外とマニアックな層に受けて秘かな人気がありました。
……話を戻して、1982年発売の「GSX750S」ですが、車名に「KATANA」は無く、1100でサイドカバーに貼られた「刀」のステッカーも「凶器を連想させる」という理由で外され、書類に同梱して「オーナー自身が貼る」というものでした。
また当時の国内モデルはカウリングが認可されていなかったため、スクリーンも非装備でした(規制緩和により、1982年11月以降の販売車にはスクリーンが装着された)。
そして何より、「GSX750S」では「KATANA」の大きな魅力のひとつである低いセパレートハンドルが装備されず、車体デザインとは相容れない、大きなアップハンドルが装備されていました。

これは当時の国内の保安基準で定められた乗車ポジション(主にハンドル、シート、ステップの位置関係)に対して、「GSX1100S KATANA」の前傾ポジションでは国内モデルとして認可が取れなかったためです。
そのため、「ナナハンKATANA」のハンドルは「耕運機ハンドル」と揶揄され、多くのユーザーが1100の低いセパレートハンドルに交換しました……が、これは違法改造にあたり整備不良で検挙され、当時は「刀狩り」と呼ばれ話題になりました。
取り締まりにあたる警察官のすべてがバイクの種類や形状に詳しいワケではないでしょうが、KATANAのスタイルは一目瞭然なので、とりあえず停止させて排気量を確認。それで750ccで低いハンドルであれば切符を切る……と、取り締まる側にとっても解りやすかったのだと思われます。
「GSX750S」は1983年のマイナーチェンジで、前輪が当時流行した16インチになりましたが、アップハンドルはそのままでした。
そして1984年のフルチェンジではシャシーやエンジンも刷新されますが、何より社内デザイナーによって、スタイルを大きく変えました。テールカウルにKATANAのロゴも入りましたが、当時は「コレはKATANAじゃない!」という声も少なくありませんでした。しかし現在はマニアを中心に人気モデルとなっています。
もの凄く力の入った250&400
「GSX1100S KATANA」は輸出モデルで、国内販売の「GSX750S」はハンドルが微妙……でしたが、いずれにしても当時の免許制度(大型自動二輪免許は運転試験場でしか取得できなかった)では乗るのが難しく、KATANAに限らず国内バイクは250~400クラスがメインでした。
そこでスズキはKATANAシリーズとして、1982年に「GSX400E KATANA」、「GSX250E KATANA」、さらに「GS125E KATANA」を発売します。
KATANAならではの特徴的なカウリングや低いセパレートハンドルは装備していませんが、燃料タンクの形状は「GS650G」の流れを汲んでいます。
これらは「GSX1100S KATANA」に似ているかはともかく、当時の2気筒400/250では性能が評価され、相応に人気が高かったようです。
ちなみに燃料タンクを上から見るとゴキブリを連想することから「ゴキ」と呼ばれ、少々ヒドい愛称ですが人気漫画で認知度を高めた影響もあり、近年の中古車市場では公認の呼称になった感があります。
ところがスズキは、1991年に「GSX250S KATANA」、翌1992年には「GSX400S KATANA」と、立て続けに「GSX1100S KATANA」そのままのスタイルのバイクを発売します。しかも「GSX750S」のような「耕運機ハンドル」ではなく、「低いセパハン」を装備していました。

「GSX250S KATANA」は「バンディット250」の水冷4気筒エンジンがベースですが、空冷エンジン風に冷却フィンを大きくするだけでなく、カムやバルブ径も変更して乗りやすさを追求しました。
「GSX400S KATANA」のエンジンも「バンディット400」ベースですが、こちらはボア×ストローク比を変更してロングストローク化し、シリンダーの前傾角度も起こし、乗り味とルックスをいっそう1100に近づけています。
いずれもダブルクレードルのフレームや2本のリアショックをはじめ、カウリングなどの外装パーツも車種専用に新造しています。しかも400は星形のキャストホイールまで復刻する力の入れようです。
現在は「GSX1100S KATANA」をリスペクトした1000ccクラスの「KATANA」が販売されていますが、250~400クラスでも、かつてのような兄弟モデルが登場すれば楽しいのに……と願うのは、少々欲張りでしょうか……?
Writer: 伊藤康司
二輪専門誌『ライダースクラブ』に在籍した後(~2005年)、フリーランスの二輪ライターとして活動中。メカニズムに長け、旧車から最新テクノロジー、国内外を問わず広い守備範囲でバイクを探求。機械好きが高じてメンテナンスやカスタム、レストアにいそしみ、イベントレース等のメカニックも担当する。





















