【関ケ原の戦い】負け戦と知りながら友情のために戦った大谷吉継の陣跡へ 家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅

「若宮八幡神社」入口にある駐車場には解説板が設置されており、詳しく記されていた
吉継は小早川秀秋の裏切りを予測していたため、秀秋が布陣する松尾山に面した山中村の藤川台に布陣。陣地選びにもそれぞれ思惑があり興味深い
「若宮八幡神社」の境内から右に進み登っていくと、吉継の陣跡がある。空堀(からぼり)を設けるなど、山城としての機能が備わっていたという
吉継の陣跡に設置された解説板には、中山道を見下ろし(東軍の近江侵攻を監視)、松尾山を正面に望む(小早川秀秋の抑え)ことができる陣地だと記されていた。最後は切腹に追い込まれるが、秀秋の攻撃を何度も跳ね返す強さを見せた
解説板には、吉継の墓は藤堂高虎が建立させ、その横には主君の名誉を守り通した家臣、五助の墓も並んでいることが記されていた
「関ケ原古戦場」には、武将たちの物語が記載さた電信柱もあった
大谷吉継陣跡がある山の麓、旧中山道に置かれた自販機には、布で顔を覆い、輿に乗って戦の指揮をとる吉継のイラストが描かれていた
「若宮八幡神社」の境内を通り、大谷吉継の陣跡へ向かう。通りを挟んで駐車場があるので、バイクを停めて散策開始
鳥居の向こう側には東海道本線の踏切。線路を渡った先に、吉継の陣跡と墓がある
「若宮八幡神社」の境内から右へ進んで山道を登っていく。吉継の家紋は2つあり、関ケ原では武勇を象徴する「違い鷹の羽(ちがいたかのは)」の家紋を使った
藤堂高虎が建立させたという吉継の墓。その横には主君の名誉を守り通した家臣、五助の墓も並んでいる

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