圧巻の「巨大空堀」に感じる歴史浪漫! 太田道灌ゆかりの「小机城」へ バイクで往く城跡巡り

「小机城」のすそ野の南東部一帯は「根古谷(ねこや)」と呼ばれ、城代、家臣、家来らの屋敷を配置していたという
城跡は1977年に横浜市によって「小机城址市民の森」に指定された。現在は多くの散策者が訪れる憩いの森となっている
4階建てに相当する高さ(12m)があったという「空堀」が圧巻。当時は表面の土をツルツルに仕上げていたという。水を張らない空堀は味方同士の通路であると同時に、土塁で積み上げた両側面から侵入者を挟み撃ちできる機能もあった
4階建てに相当する高さ(12m)があったという「空堀」が圧巻。当時は表面の土をツルツルに仕上げていたという。水を張らない空堀は味方同士の通路であると同時に、土塁で積み上げた両側面から侵入者を挟み撃ちできる機能もあった
「井楼(せいろう)」は城の最も高い位置から目の良い武士が城の内外を監視していた場所
城の防備、敵への攻撃に効果的だった土塁は元々高さが2mほどあったとか。場所によって二重土塁が作られているのも「小机城」の特徴とのこと
数箇所に「櫓台(やぐらだい)」が築かれ、「矢倉(やぐら)」として弓矢を収納する倉庫の役割も備えていた
数箇所に「櫓台(やぐらだい)」が築かれ、「矢倉(やぐら)」として弓矢を収納する倉庫の役割も備えていた
本丸跡地にある「虎口(こぐち)」(城の要所の出入口)には、公園ができたときに作られた模擬門が建てられている
現地の解説板によると、横浜市内には多くの城があったとのこと。比較的小規模な城はまだ解明されていないことが多いだろう
麓の住宅街には「小机城のあるまちを愛する会」代表宅の軒先で、缶バッジなどが販売されていた。詳しく書かれたパンフレットも無料配布されている
麓の住宅街には「小机城のあるまちを愛する会」代表宅の軒先で、缶バッジなどが販売されていた。詳しく書かれたパンフレットも無料配布されている
イメージCGには大規模な櫓の姿も。城主の笠原信為は文化的素養が高く、減税にも力を注いだと言われ、市民から愛されているキャラクターだということがわかった
数種類ある御城印と缶バッジは、黒基調で渋いデザインの初代城主、笠原信為を購入した
バイクで神奈川県横浜市の「小机城址」へ。住宅街を上るとすぐに「小机城」の入口がある。地元の人や通行人の邪魔にならないようにバイクを停めて散策した
見事な形で残っている「堀切」は、今は竹林になっているが、現場に立つと四方どこからでも狙われているような錯覚に陥る

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