驚異の軽さと1クラス上のハイパワーで突出!! 独自機構の2ストエンジンを搭載するヤマハ「DT200R」はオフロードの「RZ」だった!?
林道ツーリングのブームからエンデューロレースへ。1984年に登場したヤマハ「DT200R」は、高まるオフロードの競技志向にもフィットする、水冷2ストロークエンジン搭載でパワーも車重も装備も、ライバルの追従を許さないスーパートレールでした。
最新装備とモトクロスバイク「YZ」そっくりのスタイルで登場
ヤマハは1968年に「DT1」を発売し、その後各排気量に「DT」シリーズを展開してトレール(=公道も走行できるオフロードバイク)というカテゴリーを開拓していきました。
一方、1970年代後半から未舗装路を目指す林道ツーリングと、トレールバイクでも気軽に参加できるエンデューロレースが盛り上がり、オフロード車のブームがやってきます。
1980年代に入ると、ヤマハはオン/オフともに軽2輪へ2ストロークエンジン車と4ストロークエンジン車の両方をラインナップする2&4作戦を展開します。

1982年のトレール車だけでも、4ストロークは「XT400」や「XT200」、2ストロークは水冷+モノクロスサスペンションを採用した「DT125」と「DT50」が発売されています。
この中で大きな伸びを見せたのが、200ccクラスでした。その多くは125ccモデルをベースにしており、一段と軽い車重で乗りやすさとパワーをバランスさせています。オフロード走行ではパワー以上に車重が大きく影響するので、軽量級であることは初心者のみならず、ライダー全員に歓迎されました。
そして1984年、この200ccクラスにスーパーヒーロー「DT200R」が登場します。ヤマハのモトクロスバイクである「YZ」シリーズのイメージそのままのスタイルで、全トレール車の中でも突き抜けた性能を持っていました。
エンジンは水冷2ストローク単気筒で、吸気側にはYEIS(ヤマハ・エナジー・インダクション・システム)、排気側にはYPVS(ヤマハ・パワー・バルブ・システム)と、両方にヤマハ独自の技術を装備しています。
YEISは、エンジン内へ吸い込まれる/止まるを繰り返す混合気の流速を平滑化するもので、インテークチャンバーとも呼ばれています。
YPVSは、エンジン回転数によって最適な排気タイミングにコントロールするバルブで、高出力と低速での高トルクを両立した画期的なシステムです。当時は「RZ250R」にも採用されており、「TZR」シリーズをはじめ、その後のほとんどの2ストロークスポーツ車が同様のシステムを採用しています。
このふたつの新技術が相まって、「DT200R」の最高出力は30PS/8500rpmと、当時ひとクラス上の250ccを含めたトレール車の中で最もパワフルな数値となっています。

もうひとつ特筆すべき点は、現代のオフロードモデルと遜色ないメカニズムで構成しながら、99kgという驚異的に軽い車両重量です。
フレームは高張力鋼管を使用したセミダブルクレードルで、ボルムリンクのリアショックとアルミスイングアームを装備しています。サスペンションはフロント240mm、リア210mmという当時クラス最長のホイールトラベルでした。
普段は通勤・通学やツーリングに、週末はコースでモトクロス、という楽しみ方も提案され、「DT200R」には「ウィークエンド・モトクロッサー」というニックネームもありました。
その後、「DT200R」は毎年のように改良され、1988年にはフルモデルチェンジ、1991年にはエンデューロレースで大活躍した「DT200WR」へと継承されています。
ヤマハ「DT200R」(1984年)の当時の販売価格は32万9000円です。
■ヤマハ「DT200R」(1984年型)主要諸元
エンジン形式:水冷2ストローク単気筒
総排気量:195cc
最高出力:30.0PS/8500rpm
最大トルク:2.6kg-m/7500rpm
全長×全幅×全高:2150×820×1190mm
始動方式:キック式
燃料タンク容量:10L
車両重量:99kg
フレーム形式:セミダブルクレードル
タイヤサイズ(前):3.00-21-4PR
タイヤサイズ(後):4.60-18-4PR
【取材協力】
ヤマハ・コミュニケーションプラザ(静岡県磐田市/ヤマハ発動機本社隣接)
※本記事中の写真は許可を得て撮影しています
Writer: 柴田直行
カメラマン。80年代のブームに乗じてバイク雑誌業界へ。前半の20年はモトクロス専門誌「ダートクール」を立ち上げアメリカでレースを撮影。後半の20年は多数のバイクメディアでインプレからツーリング、カスタムまでバイクライフ全般を撮影。休日は愛車のホンダ「GB350」でのんびりライディングを楽しむ。日本レース写真家協会会員













