ヤマハ「RD350」で「おはよー」と、手を振りながら高校へ爽やかに通学していた!! 〜木下隆之の、またがっちゃいましたVol.8〜

高校時代の愛車はヤマハ「RD350」。不良でもない筆者が唯一学生で許されたバイク通学を可能にしたのは、理屈を優先する教師を屁理屈で納得させることに成功したのです。

唯一許されたバイク通学、不良生徒でもないのに許された理由とは?

 高校生時代、学び舎への往復はバイクだった。中古で購入したヤマハRD350で登下校をしていた。制服姿の学生が職員用駐車スペースに堂々と停めていたのだから、生徒指導の教師に目をつけられたのも道理である。

写真は、ヤマハ「RD250」

 こう書くと、木下隆之という男は手につけられない不良生徒だったのだと誤解されそうである。髪を紅く染め風紀を乱し、暴走の限りを尽くしたいに違いないと。そういえば、暴走族あがりのレーシングドライバーなどと言えば、どこか合点がいく。

 だがしかし、これが不思議なことに、不良高校生でもなかったし、風紀委員を志願したこともある。暴走族をも忌み嫌ってきた。そんな品行方正な僕が校則を破るワケはない。きわめて合法的に、学校の許可を得てバイク通学していたのだ。しかも、バイク通学していたのは僕だけという特別待遇だ。

 実はこれには正当な理由がある。わが高校は、月水土の3日間、午前中で授業が終わる。では午後は何をするかと言えば、個人が申告した課題に取り組む時間となる。

 課題は自己申告であり、教師との相談で決まる。ラグビー部員はラグビーを、アーチェリー部はアーチェリーを、軽音楽部員は楽器演奏を・・・が相場。帰宅部は「自然観察」だなんて適当に理由をこじつけていたっけ。

 かくいう僕は、日本的にとてもおめでたい5月5日生まれである。だから高校に進学するや否や自動二輪の免許証を手にしていた。丸々一年生の春からライダーである。

2ストエンジンのRDで高校一年から通学していた筆者

 となれば、研究課題を「バイク」にしないほど僕はマヌケではない。しかも悪知恵には自信がある。バイク通学を安易に許しがたい教師を説き伏せるために「自動二輪車の社会的意義の考察」というもっともらしい題目を掲げた。本音は「バイクで通学したら楽しいじゃん」なのだが、そんな魂胆を晒すほど僕はアホではなく、理屈を優先する教師を屁理屈で納得させることに成功。晴れてバイク研究の許可を得たわけだ。

 さらにはバイク通学の許可をとった。

「ピアノ専攻の音楽生徒が楽譜を持参して許されるのに、バイクを専攻した僕がバイクを持ち込んではならないという理由が理解できません」。

 またもや屁理屈をこねたのである。屁理屈はクルマの運転より得意なのである。教師を論破するのは容易い。

 かくして僕は、カブで通勤する教師の横を、買ったばかりのヤマハRD350の白煙を渦巻させながら、「おはよー」なんて手を振り爽やかに通学していたのだ。

 それゆえの顛末はいずれまた……。

ヤマハ「RD350」

 ■RD350諸元

 全長×全幅×全高:2040mm×835mm×1110mm
 排気量:347cc
 エンジン:空冷2ストローク・ピストンリードバルブ並列2気筒
 最高出力:39PS/7500rpm
 最大トルク:3.8kg/7000rpm
 車体重量:143kg
 標準現金価格:23万円(1973年)

【了】

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Writer: 木下隆之

1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。

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