“速すぎる”カワサキ車のTVコマーシャルにセンスを感じる ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.27~
東京モーターショーのカワサキブースにハートを射抜かれた筆者(木下隆之)は、かつて世界の話題をさらったカワサキのCMに今ときめいています。
商品が映らないCMを制作した担当者に会いたい
東京モーターショーで見学したカワサキのブースがステキすぎて、完全にハートを射抜かれてしまった。右を向いても左を向いても環境性能だ自動運転だと、ほとんど自殺行為としか思えない暗黒の方向に向かっているエンジン業界にあって、カワサキだけは漢カワサキを声高に叫んでいたからなのだ。

EVバイクは一台の展示もなかった。そればかりか、4気筒250ccバイクを登壇させ、400km/hを予感させるモンスターにスポットライトをあてる。
ブランドを成立させるために大切なことは、常にKYであることである。空気を読んで、顔色うかがっていては、ブランドは育たない。その点でカワサキは、驚くほどKYである。だから漢カワサキのブランドが光り輝くのだ。
東京モーターショーが終ってからもう3ヶ月になるというのに僕はまだ、カワサキにゾッコンである。
かつて世界の話題をさらったカワサキのCMはぶっ飛んでいた。

林の中に、ひたすら直線の道が延びている。小鳥のさえずる鳴き声がチュンチュンと響いている。牛が間の抜けた喉を鳴らす。陽の光の穏やかな、長閑な休日である。
遠くから、バイクらしき小さな乗り物が無音のまま迫ってくる。そして一瞬にして通りすぎた。だがまだ、鳥のさえずりだけがチュンチュンと響いている。
「・・・・・無音」
およそ3秒後になって、ドップラー効果を残しながら駆け抜ける爆音が響いた。
「The Ninja ZX-12R」
「The fastest machine」
「We have ever built.」
音が空気中を伝わる速さは、約350m/sである。

砂漠の中に直線が延びる。そこに一台の、速度取締機が待ちかまえている。固定カメラがそれを映している。だが、走りくるのは、バイクもクルマも一台もない。優しい風の音が聴こえるだけだ。
「・・・・・」
およそ3秒後。
「カシャ」
シャッターが切れる音とともにストロボが炊かれた。
「THE NINJA ZR-12R」
「THE FASTEST MACHINE」
「WE HAVE EVER BUILT」
結局、何も映っていないのだ。
こんなシュールな映像に解説を加えることすら無粋だが、嘲笑を覚悟で語るならば、商品を何も映さないCMであることが粋なのだ。
たいがいCM制作では、センスのないクライアントが口をだす。こんなまったく商品が映らないCMを許可したカワサキの担当者にあいたい。願って止まないのだ。
【了】
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。