築地市場を飛び出し銀座の街を颯爽と走るターレーの姿は粋! ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.40~

三度の飯より運転が好きな筆者が学生時代に選んだバイトは数えきれません。築地市場で走る夥しい数のターレーは、「動力つきサーフィンボード」や「立ち乗りバイク」にも見えなくもない。

築地市場御用達立ち乗りバイク!

 貧乏学生を5年間もやっていると、様々なバイトを経験することになる。

といっても、部活動にのめり込んでいたし、その部は体育会だったから時間的な拘束が厳しい。進学した最大の理由である華やかなキャンパスライフもエンジョイしなければならない。その合間に鬼授業の出席だけは稼がなければならないのだから、学生は忙しいのである。貧乏であってもけして優遇されず、そればかりか貧乏だから時間的制約が多いのである。そんなツカエナイ学生を雇ってくれるバイトはそうそうあるものじゃない。様々なバイトを経験したといっても、職種は限られてしまうのである。

 クルマの陸送、トラックでの荷運び、歳暮中元の配送、芸能人のお抱え運転手、ガソリンスタンド、出前・・・。ありついたバイトは数限りない。

 とまあ、御察しの人は勘が鋭い。すべて季節労働者なのである。しかもさらに、運転絡みなのである。職種を選べる身分ではないのは重々承知だが、それでも運転する以外には能力もないし、長続きしない。むしろ、この運転絡みのバイトでは重宝がられた。だって、三度の飯より運転が好きなのだから、せっせせっせとよく働いた。けして口には出さなかったが「無給でも無休でやりたい」のである。

築地には夥しい数のターレーが走る

 なかでもお気に入りは、東京の台所・築地市場での「玉葱の皮むき」である。春夏冬の部活動オフのときにしか体があかない僕にとって、夏の中元と冬の歳暮に繁忙期を迎える築地市場は都合がよかった。バイト先は築地でも名をはせた株式会社米金青果である。世界各地から野菜を取り寄せ、高級ホテルや老舗の料亭に配達するわけだ。毎日、ダンボール40ケースの玉葱の皮をむき、50ケースのニンジンの皮をはぐ。箸を持つ手が玉葱臭くなり、大幅に食欲減退するのが玉に傷だが、仕事は楽しかった。何故ならば築地には夥しい数のターレットトラック(以下:ターレー)が、まるで東南アジアの街中のように超法規的に往来しているのである。その混沌の環境にいられる喜びは格別だったのである。

 ターレーは、いわば動力付き荷車である。丸いドラム缶状の筒の中にエンジンを抱えた1輪車が、ダンボールを山積みしたリアカーを引く姿を想像してもらえればいい。駆動輪は、背負ったエンジンごとクルクルと向きを変える。ドライバーというかライダーというか、運転は荷台に立ったままである。イメージを限りなく美化させれば、「動力つきサーフィンボード」にも見えなくもない。やっちゃば(青果市場)をねじり鉢巻で駆けまわるターレーと湘南サーフィンを同一視しまうのだから、あばたもえくぼも涯てまでという他ないだろう。それが大袈裟ならば「立ち乗りバイク」である。

 ターレーが築地から飛び出し、銀座を颯爽と駆け回る姿は粋ですらある。ちょっと体を斜に構えて、微妙にバランスを取りながら、店から店へと飛び回る。ターレーが停止するのももどかしく、ヒョイッと飛び降りて、「注文はあるのか~。ね~なら長居は無用だ」。そんな憎まれ口が似合う。

「築地市場御用達立ち乗りバイク」の話はまたいずれ・・・。(笑)

【了】

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Writer: 木下隆之

1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。

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