ホンダ「デュアルクラッチトランスミッション」開発者が語る苦労と進化

誕生から10年を迎えたホンダの技術「デュアルクラッチトランスミッション」は、他メーカーにはない独自のテクノロジーです。当時の開発の際にはどのような点に苦労し、どのように進化してきたのでしょうか。

開発者が語るDCT開発の苦労

 誕生から10年を迎えたホンダの技術「デュアルクラッチトランスミッション」(DCT)は、他メーカーにはない独自のテクノロジーです。当時の開発の際にはどのような点に苦労し、どのように進化してきたのでしょうか。

 ホンダのDCTの開発者であり、プロジェクトを牽引してきた荒井大さんはいくつかの質問に対して次のように答えています。

―――DCTの由来とは?

1970年代、ホンダにはトルクコンバーターに頼った「ホンダマチック」ギアボックスや、DN-01に搭載されたヒューマンフレンドリートランスミッションなど、他にもオートマチックトランスミッションが存在していました。

「ホンダマチック」を搭載することでATを実現したホンダ「EARA」(1977年)

つまり、VFR1200Fが最初のDCTを搭載する前から、オートマチックトランスミッションを作るというアイデアはあったのです。

DCTは、それまでのシステムに比べてロスが少ないので、よりダイレクトでスポーティなフィーリングが得られることが特徴です。

―――苦労したことは何ですか?

VFR1200Fのための最初のDCTの開発は、本当に苦労しました。これまで誰もやったことがなかったので、ハード面でもソフト面でも大変でし、トランスミッションエンジニアが電子制御に関わるのは、本当に初めてのことでした。

ホンダのDCT開発者、荒井大さん

ハード面においては、同じフレームでMTとDCTのバリエーションを用意するために、DCTとマニュアルトランスミッションの両方に使えるクランクシャフトケースを開発しなければなりませんでした。そのため、メインシャフトを2本使用し、片方を内側にしてコンパクトにまとめました。そのコンパクトなパッケージに必要な強度と耐久性を持たせることが大きな課題でした。

また、変速時の騒音を低減することも課題でした。ギア機構自体はマニュアルバイクと同じなので、DCTではマニュアルシフトと全く同じ「プリエンゲージメント」というギアドッグの音が発生します。一部のライダーにとっては、オートマチックモードで通常の「マニュアル」のギアチェンジ入力がない状態でこの変速音を聞くと、奇妙に聞こえるかもしれないので、この音を低減することが大きな課題でした。

ソフトウェアの面においては、この新しい技術のためにギアシフトスケジュールをプログラミングすることが本当に難しい課題でした。このようなシステムを作ろうとした人はいませんでしたし、シフトスケジュールのための適切なプログラムを考えるのに何千時間もかかりました。

10年間で最も進化した点は?

―――DCTが登場してからの10年間の中で、最も大きな改善点は何だったと思いますか?

一つの変化を最も重要なものとして挙げることはできません。なぜなら、この10年間でシステムは一貫して進化してきたからです。

最新のDCTを搭載するCRF1100アフリカツインのパワーユニット(写真はイメージ)

最初の大きなステップの一つは、ギアを選択するためのオーバーライドとしてマニュアルトリガーを使用した場合、自動モードに自動的に戻ることでした。タイトなコーナーでのダウンシフトなのか、直線道路での追い越しのためのダウンシフトなのかなど、ライダーの意図を計算して、可能な限り直感的にオートマチックに戻れるようにするためには、多くのプログラミングが必要になります。一定の秒数が経過したらオートマチックに戻せばいいというものではありません。

その後、ダウンシフト時のスロットルの「ブリッピング」(スムーズにシフトダウンするために、アクセルをあおりエンジンの回転数を高める)の仕方を改良して、正確な回転数に合わせて、スムーズなシフトができるようにしました。これらの変更には、PGM-FI燃料噴射制御との多くの同期が含まれています。

また、「アダプティブ・クラッチ・キャパビリティ・コントロール」を導入しましたが、これは、スロットルポジションが全閉または全開から変化したときに、DCTシステムの電子制御を使用してクラッチを「スリップ」させるものです。これがバイクの挙動をスムーズにしてくれました。

一方、CRF1000L Africa Twinや現行のX-ADVに導入された「G」スイッチは、クラッチのスリップ量を減らし、後輪のトラクションをよりダイレクトに感じられるようにしたものです。特にオフロードでは、コントロールされたスライドが可能になります。

また、ゴールドウイングに搭載されているスロットルバイワイヤによりライディングモードとの連動を実現し、変速時間の短縮にも貢献しています。

CRF1100アフリカツインに搭載されたIMU(写真はイメージ)。このシステムとの連携により、コーナーでのギアシフトタイミングをより正確に把握できるようになっています

さらに最新モデルのCRF1100L Africa Twinでは、IMU(角速度・加速度を高精度に計測する慣性計測装置)との連携により、コーナーでのギアシフトタイミングをより正確に把握できるようになりました。

このように、システムは継続的に開発されてきましたし、今後も開発を続けていくでしょう。それが、継続的に改善できるという大きな利点の一つです。

DCTの利点は?

―――個人的にDCTの利点をどのように説明しますか?

私の考える最大のメリットは、コーナリングや正しいラインを探したり、ブレーキや加速のタイミングを計ったりと、ライディングを楽しむための脳の帯域がどれだけ解放されるかということです。

ホンダ「DCT」を搭載したモデル。2010年にVFR1200Fで採用されて以来、10年目を迎えました

もう一つは、簡単でダイレクトなことです。「イージー」とは、低速走行時にクラッチを使う必要がないこと、失速する可能性がないこと、同乗者とヘルメットをぶつける必要がないことを意味します。「ダイレクト」とは、ギアチェンジのスピード、トリガーの操作性、そして先ほど言ったようにライディングに純粋に集中できることです。

―――DCTの次の応用として、どのようなものを期待していますか? 

個人的には、ダカールラリーのバイクにDCTを搭載してほしいですね。疲労がたまりやすく、集中力が重要なあのようなライディングには、このシステムのメリットが大きいですね。

オフロードでは、立ったままクラッチレバーを操作するのは簡単ではないし、エネルギーと集中力を消耗するので、DCTの威力に驚かれることが多いです。もちろん、難しい状況でエンストすることもありません。

―――モデルによってコントロールはどのように違うのですか? 

主にシフトタイミングのプログラムの違いです。モデルごとに違いますが、例えば、X-ADVのシフトパターンはインテグラよりもはるかにスポーティで、高回転でシフトアップし、ダウンシフトも高回転でエンジンブレーキを効かせるようになっています。

DCTの各モデルは、シフトタイミングのパターンが異なるようにプログラムされており、乗り心地に個性と味わいを加えています。

―――DCTは自分には合わないと思っているライダーにメッセージをお願いします。

ぜひ一度乗ってみてください。慣れるまでには時間がかかるかもしれませんが、ライディングの可能性が広がるはずです。

※ ※ ※

 常に進化を続け、搭載車種を徐々に増やしてきたホンダのDCT。これから先の進展にも期待がかります。

【了】

【画像】誕生から10年! ホンダ「デュアルクラッチトランスミッション」搭載車を見る(15枚)

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