バイクを見たら、つい排気量を聞いてしまう御仁 ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.69~
レーシングドライバーの木下隆之さん(筆者)は、バイクを見るといつも排気量を聞いてくる年配の男性が気になるようです。どういうことなのでしょうか?
あの頃の大衆車「カローラ」と「ダットサン サニー」のことを思い出す
近所に、バイク好きの御老人がいる。年の頃なら70歳オーバーだろうか。恰幅が良く、ちょっと腹の出た男性で、身長が高く、180cmに達しようかと伸びやかだ。背筋はピンと伸びており、昭和の銀幕を飾った役者のような雰囲気を称えている。

瀟洒(しょうしゃ)な別荘にお住まいらしい。ガレージには数台のバイクが所蔵されていると聞く。
「らしい……」とか「聞く」と曖昧なのは、実際に僕(筆者:木下隆之)は見たことがなく、見たという証言もないからだ。いかにも昭和のスターであるかのようなオーラから、僕らは期待を込めてその御仁のイメージを作り上げているのだ。
たびたび僕らがたむろするバイク屋に徒歩でやってきては、気さくに声をかけてきた。そして話の取っ掛かりは決まってこうだ。
御仁「そのバイク、何シーシーなんだ?」
常に排気量を気にするのである。僕らは恐る恐る答える。
木下「はい、400ccです」
サイドカバーには、排気量を指し示す数字が書かれている。「CB400」それから想像できるに違いないのだが、必ずこう聞くのである。
御仁「ほー、ヨンヒャクシーシーなのか」
木下「はい、ホンダのCBです」
御仁「ナナハンは乗らないのか?」
木下「はい、僕らは中型免許しか持ってないので……」
高度成長期に育った男性にとって、排気量はひとつのヒエラルキーの象徴であるようだ。
振り返ると、かつてトヨタの「カローラ」と日産「サニー(ダットサン サニー)」が大衆車の覇権争いを繰り広げていた時代、排気量で勝ることが優位とされていた。

トヨタがカローラのコマーシャルで「プラス100ccの余裕」と攻撃したのに対して、日産は「隣の車が小さく見えます」と反撃したことがある。
排気量とボディサイズに関する優位性は、かつてほど明確ではなくなったけれど、いまでもやはり、排気量は大きい方が偉い……という意識は心のどこかにはある。そんな昭和の御仁には、排気量は無視できぬ要素に違いないのだ。だから御仁は、いつもバイクを見ると排気量を気にするのであろう。
御仁「そのバイクは、何シーシーなんだ?」
いつしかその男性のあだ名はこうなった。
「ナンシーちゃん」……と。
キュートな女性の名とは似ても似つかないけれど、その名が御仁には似合う。
【了】
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。



