家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅 「桶狭間の戦い」もうひとつの舞台「鷲津砦」と「丸根砦」
2023年のNHK大河ドラマ『どうする家康』では、人気アイドルグループ「嵐」の松本潤さんが徳川家康を演じることもあり、家康ゆかりの地も話題となっています。若き家康が織田の軍勢を打ち破ったと言われる2つの砦を、スーパーカブで訪れました。
「大高城」兵糧入れの前に立ちはだかる2つの砦
織田信長が今川義元の大軍を打ち破り、衰退に追い込んだ「桶狭間の戦い」の舞台である愛知県名古屋市の「桶狭間(おけはざま)」は、駿河、遠江、三河の領主である今川義元の大軍の侵攻に備えて、尾張の織田信長は2つの砦を築きました(1959年)。それが「鷲津砦(わしづとりで)」と「丸根砦(まるねとりで)」です。

「桶狭間の戦い」ではこの砦で前哨戦が繰り広げられています。「鷲津砦」には織田勢の織田秀敏(おだひでとし)と飯尾定宗(いいおさだむね)らが立てこもりましたが、今川方の別働隊である朝比奈泰能(あさひなやすよし)の攻撃を受けて全滅したそうです。
現在は「鷲津砦公園」となっており、砦自体は公園から覗き込むくらいしか出来ませんでした。ほんの一角ですが、それでも大掛かりな砦であったことを想像できるようなものでした。ここは昭和13年(1938年)に「丸根砦」、「大高城」と共に国の史跡に指定されています。

もう一方の、「鷲津砦」の南東約800mの距離に位置する「丸根砦」へは、バイクだとすぐに辿り着きます。徳川家康(当時は松平元康)は「大高城」への兵糧入れを成功させ、休む間も無く攻撃を行ない、「丸根砦」の守将、織田勢の佐久間盛重(さくまもりしげ)の反撃に遭いながらも砦の占拠に成功したのでした。
家康らの活躍によって幸先の良い今川軍でしたが、翌日、まさかの義元討死……日本の歴史の転換期を迎えることになりました。

当時19歳だった家康は、後の「三河一向一揆」では地元の武装した寺社の門徒や家臣団を敵方に回して戦い、それを攻略。「三方原(みかたがはら)の戦い」では武田軍に惨敗しましたが、それでも立ち上がりました。「本能寺の変」では、豊臣の追っ手から逃げるために「伊賀越え」を果たして帰還。そんな大ピンチを切り抜け、後に「関ヶ原の戦い」などを経て天下統一と平和な世の中を創り上げました。

「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす」などと表現される家康ですが、ただ粘り強いだけではなく、すでに10代の時点で、もはや只者ではない武将としての器があったことが、この砦付近を散策すると強く感じました。大河ドラマでは若年時の家康がどう描かれるのか、今後の展開も楽しみです。








