家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅 出奔した石川数正親子が創建した「松本城」へ
徳川家康を支える古参の家臣、石川数正の突然の出奔は、NHK大河ドラマ『どうする家康』でも描かれた大事件でした。そんな石川が居城した「松本城」は現在は国宝として、長野県松本市の史跡公園として整備されています。あらためて、スーパーカブで訪れました。
移り行く世に渡って建築された、連結複合式の天守は日本唯一
NHK大河ドラマ『どうする家康』では、俳優の松重豊さんが演じる石川数正が、徳川家康の元を去り豊臣秀吉に仕えるという出来事が描かれています。そんな石川を象徴する建造物が、現在の長野県松本市にある国宝「松本城」です。多くの観光客が訪れる史跡公園として整備され、過去にツーリングなどで何度も訪れています。

外観はどの角度から観ても美しいもので、黒い天守は戦うための堅固な作りとなっており、それに対して後の平和な時代に造られた櫓は優雅なもの。絶妙なバランスで融合した姿が美しさを醸し出しています。観光客からの「美しい!」という感嘆が、あちらこちらから聞こえてきます。
「松本城」は、もともと「深志城(ふかしじょう)」を前身としています。信濃の守護、小笠原氏による守りのための城でしたが、甲斐の武田信玄がこの地を占領し、信濃支配の拠点とします。
1582年の「本能寺の変」による動乱に乗じて小笠原氏が「深志城」を奪還し、名前を「松本城」に変えたのだそうです。
1590年、秀吉は小田原征伐の後に天下を統一します。家康は関東に移封(国替え)され、家康に仕える小笠原氏も下総(千葉県北部と茨城県南部)に移ります。それに代わって、秀吉に出奔した石川数正が「松本城」を居城とすることになったのです。

数正と息子の康長(やすなが)は、城の改築や街の整備に尽力したと言われています。実際には康長の功績が大きかったそうで、「天守三棟」と呼ばれる「大天守」、「乾小天守(いぬいこてんしゅ)」、「渡櫓(わたりやぐら)」や、「太鼓門」、「御殿」など、現代人から観ても美しさが感じられる建造物です。
戦う城としての機能は、数多く設置されている「石落(いしおとし)」をはじめ、「狭間(さま)」と呼ばれる鉄砲用の小窓が象徴していますが、一方で泰平の世になってから造られた「月見櫓」や「辰巳附櫓(たつみつけやぐら)」など、機能の異なる建築物が絶妙なバランスで両立しています。
また、石垣は大小様々な石を組み合わせた「野面(のづら)積み」で仕上げられています。

天守への急な階段は上り下りに慎重さが必要で、いわばアトラクション的なスリルに満ちています。それだけに、天守へ上がりきった観光客はホッと一安心して、外から吹き込む涼しい風を楽しんでいる様子でした。
最上階とは対照的に、途中にある天守3階は暗い部屋です。窓が無いため外からは見えない構造で、いわば隠し部屋のようなものだそうです。

長野県だけでなく、日本が世界に誇れる国宝「松本城」は、後の世の人間にも当時の歴史や文化を伝えています。
城を築いた石川親子の業績を思い起こしながら、「松本城」やその周辺の街を散策するのも楽しそうです。










