「水の都」ヴェネツィアへ。クルマもバイクも見かけない街で、水路を巧みに行き交う船の姿に時間を忘れる

MotoGP取材でヨーロッパを放浪しているとき、観光でヴェネツィアに行きました。「いつかは行きたい」と思っていた場所。そこで見たものは、想像よりもずっと美しい風景でした。

ヴェネツィアは目の前。しかし「近くて遠い!?」

 イタリアのヴェネツィアを訪れたのは、2024年シーズンMotoGPイタリアGPの取材後でした。わたし(筆者:伊藤英里)はフィレンツェから高速鉄道でヴェネツィアへ移動し、メストレ地区の安ホテルで原稿を書いたり、FANTICの本社やファクトリー取材などをしていました。

「水の都」ヴェネツィアへ。水路を走る船の脇には、路上駐車のように船が係留している
「水の都」ヴェネツィアへ。水路を走る船の脇には、路上駐車のように船が係留している

 ヨーロッパと言うと「車社会」というイメージが強いかもしれません。確かにそうなのですが、イタリアでは大きな都市間で高速鉄道が走っています。それに、2024年時点ではイタリアのレンタカー料金がとても高かったので、あまり長くレンタカーを借りていたくない、という事情もありました。イタリアは、コロナ禍を経てレンタカー料金が跳ね上がった印象があります。

 そんなわけで、わたしは数日間、ヴェネツィアに近い場所で逗留したのです。

 メストレ地区の安ホテルに滞在していたときは、すっかりくたびれていました。取材と原稿書き、移動に追われてクタクタだったのです。

 ホテルはじつに古く(イタリアで古い建物は珍しくありません)、砂っぽく、窓のブラインドはいくら紐を引っ張っても上がらなかったりと設備にも年季が入っていて、それを直してもらうためにレセプションへ行き、イタリアンおじさんたちがそれを直すために部屋へどやどやとやって来て……。

 トラムに乗って10分もかからないところにヴェネツィアがあるのに、そこはあまりにも遠く、永遠に行けないような気がしました。

 もちろん、そんなことはありません。数日後、わたしはトラムに揺られてヴェネツィアに向かったのです。

「サン・ジョルジョ・マッジョーレ」から見た、ヴェネツィアの風景

「水の都」ヴェネツィアは、イタリア北東部に位置し、ヴェネツィア湾に面している港湾都市です。街は約120の小島で構成されており、150以上の運河、400以上の橋で結ばれています。

 つまり、道路の代わりに水路が走っている街、と言った方が分かりやすいかもしれません。水路が張り巡らされ、道路も人が1人すれ違うのもやっとという路地が多く、大きなものから小さなものまで、たくさんの橋があちこちにかかっています。

 歩き出してすぐに、わたしは「なるほど、これは“水の都”だ」と思いました。その風景はこれまで見たことがありませんでした。そして、どこかで見ることができるものではないとも感じました。

 街のどこを歩いても美しく、狭い路地を歩けば、これもまた美しいヴェネツィア・マスケラ(仮面)の店にたどり着き、ヴェネツィア・ガラスのショップに巡り合います。まるで映画のセットの中にいるような、街全体がおもちゃ箱のようなときめきと幻想にあふれているのです。

 街の美しさはもちろんなのですが、水路を走る小型の船、サンドロや、ゴンドラを操る船頭の操船技術にもひときわ興味をそそられました。小型エンジンを搭載した船もあるのですが、船頭が1本の櫂で操る船も多いのです。船頭たちは細長い船の一番後ろに立ち、たった1本の櫂ですいすいと自在に船を操ります。

 行き交うのは無理だろうと思える狭い水路でも、お互いに阿吽の呼吸でスルリとすれ違っていきます。長い舟を巧みに操り、船体を傾かせ、きつい角度のカーブをゆるりと曲がっていくのです。

 その様は、見ていて全く飽きませんでした。何度も立ち止まって眺めていると、水路の脇に「駐車(船)禁止」の標識が立っていたり、カーブミラーが取り付けられていたり、船を係留するための「駐車(船)エリア」まで設けられていました。ヴェネツィアでは、まさしく船が市民の足なのだなあと、すとんと納得しました。

「サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂」の鐘塔から見える景色。これを見るためにヴェネツィアに行ってもいいくらい
「サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂」の鐘塔から見える景色。これを見るためにヴェネツィアに行ってもいいくらい

 ヴェネツィアでは、クルマやバイク、自転車を全く見かけません。ピアッツァーレ・ローマという、ヴェネツィアの玄関口まではトラムやバス、駐車場があるのですが、以降は原則として、車輪のついた乗りものは入れないのだそうです。そもそも道が狭く、歩けば階段や水路、橋にぶつかるので、クルマはもちろん日本の原付バイクでさえ走ることは難しいように見えました。

 クルマもバイクも走っていないヴェネツィアの街をサクサク歩いていると、タイムスリップしたような、不思議な感覚にとらわれます。するとまもなく大きな水路が見えてきて、エンジンを鳴り響かせた船が、すいっと走っていきました。

 ここまで読んできて「まだ船に乗っていないのでは?」と思われた人も多いでしょう。そうなのです。わたしは三半規管が非常に弱く、特に船が大の苦手。自分でハンドルを握るレンタカーで、ラウンドアバウトを走っているときに酔ったくらい、ひ弱な三半規管の持ち主なのです。1人で観光しているときに具合が悪くなったら困るので、できるだけ徒歩でヴェネツィアを観光していました。

 ただ、「サン・ジョルジョ・マッジョーレ」という島にどうしても行きたかったので、意を決して船に乗りました。この船は50名くらいは乗れそうで、乗っていた時間も10分程度だったので酔わずに済みました。ゴンドラや水上タクシーに乗れなかったのは残念ですが、1人で動くときは体調第一なので、致し方ありません。

「サン・ジョルジョ・マッジョーレ」には、「サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂」という美しい教会が建っています。この教会にはエレベーターで上がることができる鐘塔があって、上がるとヴェネツィアを一望できます。運河を走る船、きらきらと光る水面、海の中につくられた街。見下ろす光景には、何かを忘れさせる力がありました。

 夕焼けに包まれていくヴェネツィアを歩き、ホテルに戻るトラムに乗るころには、あれほど感じていた体の重たさが消えていることに気付きました。たくさん歩き回った疲れはあるけれど、心地良い疲労でした。

 後ろ髪を引かれながらトラムに乗り込みます。暗くなっていく空に見えるヴェネツィアは、まるで絵画のようです。自分がそこにいた現実が、不思議に思えました。

【画像】まるで絵画!? 映画の中!? 水の都は水路にカーブミラーが!(16枚)

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Writer: 伊藤英里

モータースポーツジャーナリスト、ライター。主に二輪関連記事やレース記事を雑誌やウエブ媒体に寄稿している。小柄・ビギナーライダーに寄り添った二輪インプレッション記事を手掛けるほか、MotoGP、電動バイクレースMotoE取材に足を運ぶ。

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