長野県松本市に残る「林城跡」は信濃の歴史が宿る希少な城郭遺跡だった バイクで往く城跡巡り
長野県を代表する城と言えば「松本城」ですが、この一帯には他にも保存状態の良い城跡がたくさんあります。小笠原氏の「林城」をバイクで訪れました。
国史跡に指定された、戦国時代を知る山城
長野県を代表する城と言えば「松本城」ですが、この一帯には他にも保存状態の良い城跡がたくさんあります。小笠原氏の「林城」をバイクで訪れました。

事前に小笠原氏について調べてみようと長野県松本市のホームページを確認したところ、甲斐源氏(かいげんじ)の庶流(分流)の名門で、信濃や京都など全国各地に所領を持ち、一族がいたとされています。これほどの名門ゆえに相続争いがあったようで、この林城もその争いの舞台となったそうです。
現地の解説板によると、1334年に小笠原貞宗(おがさわらさだむね)が信濃守護に任命されて、井川に館を構えています。この「林城跡」から西へ4kmほど離れたところに「井川城跡」がありますが、そこを本拠としたようです。
1446年には府中と飯田の両小笠原氏の間で家督相続の争いが起こり、府中小笠原氏はここに移り、林城として要害を作成。山の尾根を巧みに利用し、多数の郭(くるわ)、堀切(ほりきり)、堅堀(たてぼり)などを設けて敵の侵入を防御したようです。
その後1550年、信濃に侵攻した武田晴信(はるのぶ:後の信玄)に攻められて落城したとのこと。

早速、山の麓の邪魔にならない場所にバイクを停めて、城跡の入口まで歩いて散策を開始しました。解説版は副郭の土塁の下の広場にありました。驚いたことに大量のウッドチップが敷かれていて、歩きやすく整備されています。
全国いろいろな山城を訪ねましたが、わざわざウッドチップを地面に敷き、道が整備されているのは初めてでした。おかげで路面が柔らかいので足も疲れにくく、滑らず、快適に散策することができました。
副郭へ上る石の階段は石垣を転用しているそうです。さらに本郭に向かいその先を進むと、眼下に尾根を利用した郭郡を見ることができました。それぞれが堀切によって分断されている様子もそのまま残され、主郭部東側の土塁には戦国時代の石垣の一部まで残されていてテンションが上がります。
さらには「姫の化粧水井戸」と呼ばれる溜め井戸まで残されていました。この名称はおそらく「後世の人がロマンを持って名付けたものであろう」と解説板に書かれていましたが、実際に水も少し溜まっていて、こちらもワクワクさせる遺構でした。
帰り際には櫓台の跡のようにも見える巨石もあり、全体的に保存状態が良く、丁寧に整備されていることが分かりました。
ここは信濃の歴史をもう少し詳しく調べて、改めて訪れたいと思います。













