40輪超え!? もはやバイクとは呼べないインドネシアの「ベスパ」カスタムがスゴイ!!
日本の働くバイクと言えば、新聞・郵便配達や「岡持」に使われるスーパーカブやピザの宅配でお馴染みのジャイロですが、インドネシアではひと味どころか「AI映像じゃないの!?」と思うほどブッ飛んだ乗り物が存在するのです。
インドネシアに多くの「ベスパ」カスタムがある理由とは!?
インドネシアのYouTubeチャンネル「DUNIA VESPA」で、奇妙な乗り物の動画が公開されています。どうやらイタリアンスクーターの「ベスパ」を使っているようですが、その面影はどこにも見当たりません。それどころか「バイクにすら見えない」のです。
「オイオイ、40輪のカスタムバイクだって!?」と動画を見ると、公園らしき広場で休憩する若者らが映し出され、その中には普通の排気量125cc程度のバイクしか映っておらず、「ドコだよ」と思ってしまいます。じつはその奥、木で出来たヤグラのような物体がソレなのです。
すると突然走行シーンに切り替わり、さっきのヤグラが走ってるではありませんか!? そしてそこで初めて、とてつもないタイヤの数に驚かされます。

2軸構成からなるリアタイヤは22本+22本の合計44本!! それに比べてフロントは2本。しかも1本はホイールが無く、タイヤ同士がくっついてるだけ(!!)
次に驚かされるのが、その車幅と長さです。動画を見る限りでは道路の中央線に迫る勢いの幅で、途中2~4tクラスのトラックとすれ違うシーンもありますが、それらよりも明らかに広く、2.5mほどかと推測されます。
続いて気になるフロア(?)部分には板が敷かれ、予備のエンジン、ポリタンク、パイロンなど様々な物が置かれ、なぜか植木まである始末(謎)。
じつはコレに似た動画はいくつかあり、いずれも「ベスパ」を使ったヘンテコな乗り物にカスタムされています。
いったいナゼ、この多輪車を含む「ベスパ」カスタムがインドネシアに多いのかという疑問ですが、じつはイタリアのピアッジオ社は1950年代から1960年代にかけて、インドネシアに向けに輸出を開始し、1960年代後半には市民の足として需要が増加しました。
そこで1968年に現地代理店を設立し、1971年には製造・組み立て工場が完成・稼働を始め、1970年代後半にはシンガポール、マレーシア、ベトナム、タイなどアジア圏の国々へ輸出も開始するほどの一大拠点になりました。
しかし1990年代に入ると、日本メーカーの安価で丈夫なスクーターが普及したことで、1998年には工場が停止します。
それゆえ大量のベスパが廃車となり、日本で言うところの、お年寄りの家に行けば一昔前のスーパーカブのような不動車がある状況で、若者でも安価に手に入れることが可能になっているようです。
そうして都心部では2輪のままの「正統派」カスタムが流行し、農村・山間部などでは人と荷物を運ぶ乗り物として発展し、ごらんの通り「もはやバイクには見えない」カタチとなり、今ではこの1台だけでなく、数十台もの多輪車が活躍しているそうです。
路肩で休憩しているシーンでは露店や屋台にしか見えない、歴史的背景から誕生した「多輪ベスパ」なのでした。







