歴代の武家が支配した要害「深沢城」へ バイクで往く城跡巡り

堀の形を写真で表現するのが難しいが、鋭角に折れ曲がった三日月の形の堀がそこにあった。内側には民家が建っている
堀の形を写真で表現するのが難しいが、鋭角に折れ曲がった三日月の形の堀がそこにあった。内側には民家が建っている
数カ所の「馬出(うまだし)」が残っている。馬出とは城の出入口で、出陣と防御の機能を持つ小さな平坦地。武田氏が常用した半円形の「丸馬出」だ
数カ所の「馬出(うまだし)」が残っている。馬出とは城の出入口で、出陣と防御の機能を持つ小さな平坦地。武田氏が常用した半円形の「丸馬出」だ
明治12年に城を訪れた乃木希典(のぎまれすけ:陸軍大将)が読んだ詩を詩碑として残している
明治12年に城を訪れた乃木希典(のぎまれすけ:陸軍大将)が読んだ詩を詩碑として残している
「下馬溜」の標があった。「二の丸」、「三の丸」間の馬出だったとされているようだ
「二の丸」、「本丸」は開けた土地だが、田畑に活用されている。なお、現在は二の丸とされているところが本丸と見られているようだ
「本丸」の側面に取り付けられた「袖郭(そでくるわ)」の縁ギリギリまで田んぼとして活用されていた
遺構は確認できないが、ここは食料庫跡のようだ
樹木が茂っていて堀の形状がよく分からなかったが、ここは2羽の鶴のくちばしが繋がったように見える「二鶴様式」の堀跡らしい
静岡県御殿場市に遺る「深沢城跡」に到着すると、石碑と説明板が設置されていた。この先は関係者以外の車両乗り入れはできない
静岡県御殿場市に遺る「深沢城跡」へ。地元関係者以外の車両の乗り入れは禁止されているため、バイクは邪魔にならないところへ停めて散策を開始。石碑と説明板が設置されていた
現在残っているのは武田氏が築いた仕様とされている。ふたつの川に挟まれた地形を活かした自然の要害に加え、三日月堀などの人工物で防御力を高めている
堀の形を写真で表現するのが難しいが、鋭角に折れ曲がった三日月の形の堀がそこにあった。内側には民家が建っている
開けた土地の「二の丸」と「本丸」は田畑として活用されている。なお、現在「二の丸」とされているところが「本丸」と見られているようだ

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