「大坂冬の陣」で伝説を残した「真田丸」があった場所へ 家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅

「大坂城」の南側にある「三光神社」を訪れた。御朱印帳は「真田の赤備え」をイメージし、六文銭と幸村がデザインされたもの
真田山の「三光神社」の麓には、凛々しい姿の真田幸村の銅像が建っている
現在、大阪明星学園のグラウンドとなっている一帯が「真田丸」の跡地
「真田丸」の跡地は学校のグラウンドになっていることは知っていたが、思っていた以上に立派な石碑が建てられ、その場所を見つけやすかった。NHK大河ドラマ『真田丸』が放送された時期に建てられている
1688~1704年に作製された大坂三郷町絵図に「真田出丸跡」として明示されていた。これにより「真田丸」の位置が割り出された
「真田丸」の跡地は学校のグラウンドになっていることは知っていたが、思っていた以上に立派な石碑が建てられ、その場所を見つけやすかった。ちょうどNHK大河ドラマ『真田丸』が放送された時期に建てられている
解説板では「大坂冬の陣」の陣図も見ることができた。徳川勢が城を完全包囲していた状態が分かる。この状況から巻き返したのが「真田丸の戦い」だ
真田山の「三光神社」の麓には、凛々しい姿で幸村の銅像が建っている。台座は真田家の菩提寺の「真田石」を使用している
年に1度だけ解放される「真田の抜け穴」は、真意は定かではないものの、真田による「大坂城」への抜け道の跡とされている

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