1000年前の遺構が現存!? 絵師集団「狩野派」源流の山城「狩野城」へ バイクで往く城跡巡り

長大な歴史年表は系図が見もの。1050年頃、工藤維景(くどうこれかげ)が伊豆の狩野郷に永住して狩野を名乗ったことや、源頼朝と共に出陣したこ、戦国時代は後北条氏と共に豊臣軍に敗れたことなど、詳細に記されている
長大な歴史年表は系図が見もの。1050年頃、工藤維景(くどうこれかげ)が伊豆の狩野郷に永住して狩野を名乗ったことや、源頼朝と共に出陣したこ、戦国時代は後北条氏と共に豊臣軍に敗れたことなど、詳細に記されている
長大な歴史年表は系図が見もの。1050年頃、工藤維景(くどうこれかげ)が伊豆の狩野郷に永住して狩野を名乗ったことや、源頼朝と共に出陣したこ、戦国時代は後北条氏と共に豊臣軍に敗れたことなど、詳細に記されている
解説板は昭和58年(1983年)製と古いが、文字やイラストをしっかりと読むことができる
案内マップは、残念ながら入っていなかった
比較的暖かい冬の朝、梅の花が出迎えてくれた
最前線を守るスペースの「出丸」に到着。敵をここから先には進ませないという意図が感じられる
最前線を守るスペースの「出丸」に到着。敵をここから先には進ませないという意図が感じられる
標識は無かったが、明らかに空堀と見られる跡が残っている。各郭間にはこうした堀を切った「堀切」が設けられていたようだ
本郭、西郭などの平場があり、遺構としてはとても分かりやすい作りになっている
本郭、西郭などの平場があり、遺構としてはとても分かりやすい作りになっている
「空堀」と、堀を分断して敵の侵入を防ぐ「堀切(ほりきり)」の跡が明確に残されている
写真では伝わりづらいが、二重の堀で敵の進路を妨げる「二重堀」の痕跡も残されている
南東にある中郭は細長く、場内で最も広いスペースが確保されている
中郭には「題目堂」という武士の精霊を祀るお堂が建っている
中郭には「題目堂」という武士の精霊を祀るお堂が建っている
トイレや無料駐車場が備わっている「狩野城跡」の入り口。整備が行き届いた山城と言える
散策道は苔によって天然の絨毯のような踏み心地で、とても歩きやすかった
「空堀」と、堀を分断して敵の侵入を防ぐ「堀切(ほりきり)」の跡が明確に残されている
写真では伝わりづらいが、二重の堀で敵の進路を妨げる「二重堀」の痕跡も残されている

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