一挙公開!! やっぱりカッコいいヤマハの“スポンサーカラー” 今ではあり得ないタバコブランドや男性化粧品にコーヒーや通信会社まで!? 現行モデルにもオマージュで復活!?

かつての「レーサーレプリカ」はもちろん、現代のスーパースポーツ車も、華やかな「スポンサーカラー」が魅力的です。「TECH21」に憧れたライダーも多いのではないでしょうか。スポンサーカラーを纏ったヤマハのバイクを紹介します(基本的に国内販売モデル)。

マルボロとゴロワーズの2本立て!

 ヤマハのレーシングマシンと言えば、白地に赤のストロボラインがメジャーで、「USインターカラー」と呼ばれる黄色地に黒のスピードブロックも人気があります。

 そして1980年代のスポンサーカラーは、やはりタバコメーカーです。そのひとつがフィリップモリス社の「Marlboro(マルボロ、マールボロ)」で、1980年代初頭のWGP500マシンから始まり、MotoGPの初代「YZR-M1」でもお馴染みのカラーです。

タバコメーカーのフィリップモリスのブランド「マルボロ」のカラーを纏ったヤマハ「TZR250」(1986年)
タバコメーカーのフィリップモリスのブランド「マルボロ」のカラーを纏ったヤマハ「TZR250」(1986年)

 ところが市販バイクのマルボロカラーは思った以上に少なく、1986年に限定発売した「TZR250」と「YSR50」くらいです。

 他にも当時のスポーティな原付スクーター「Champ RS」がマルボロカラーでしたが、ロゴ文字は入っていませんでした。

 そして時を経て、2024年に発売した「XSR900 GP」も、ロゴ文字は入っていませんがマルボロカラーと言えるでしょう。

 そしてもうひとつ、フランスのタバコである「GAULOISES(ゴロワーズ)」のブルーのカラーリングです。

「ゴロワーズ」または「ソノート」と呼ばれるブルーのカラーを纏ったヤマハ「FZR400」(1986年)
「ゴロワーズ」または「ソノート」と呼ばれるブルーのカラーを纏ったヤマハ「FZR400」(1986年)

 こちらは1970年代後半から、フランスでヤマハの代理店を担ってきたソノート社が積極的にレース活動(オンロードもオフロードも)を行っており、フレンチブルーにペイントしたマシンに、スポンサーの「GAULOISES BLONDES(ゴロワーズ・ブロンド)」のブルーとイエローのラインを施したのが始まりです。

 そして1980年代のレーサーレプリカブームに合わせるように、「TZR250」や「FZR400」をはじめ、2ストロークスポーツの「RZ250R」やミニレプリカの「YSR50」、スクーターの「Champ RS」やオフロード系のモデルにもこのカラーをラインナップしました。

 とはいえ、カラーやグラフィックパターンはソノート・ヤマハ・チームそのものですが、商標権やスポンサー契約に関わるのか理由は不明ですが、どのモデルにも「ゴロワーズ」のロゴは入っていませんでした。

 そのためか、このカラーを「ゴロワーズ・カラー」ではなく「ソノート・カラー」と呼ぶ人もいます。また近年では、2022年の「XSR900」がこのカラーを纏っています。

 ちなみにミニレプリカの「YS50」には、タバコの「LuckyStrike(ラッキーストライク)」が販売促進用の景品として、1987年にラッキーストライク・バージョンがありますが、全国20台限定の激レア車になります。

もはや伝説の「TECH21」!!

 1980年代の日本は空前のバイクブームに沸いていました。そこで1985年の鈴鹿8時間耐久レースに、資生堂が新たに立ち上げた男性化粧品ブランド「TECH21(テック・トゥーワン)」でヤマハのスポンサーに付きました。

 ライダーは平忠彦&ケニー・ロバーツで注目度も抜群! 今では考えられませんが、ゴールデンタイムのテレビCMにも、平選手が駆る薄紫色のTECH21のワークスマシン「FZR750」が映し出されました。

資生堂の男性化粧品のブランド「TECH21(テック・トゥーワン)」のカラーを纏った「FZR250」(1988年)
資生堂の男性化粧品のブランド「TECH21(テック・トゥーワン)」のカラーを纏った「FZR250」(1988年)

 そして「TECH21カラー」の「YSR50」や「Champ RS」が発売されて人気を集めますが、1988年には「FZR250」の「TECH21カラー」が限定発売され、瞬時に売り切れました。

 当時は鈴鹿8耐も猛烈に人気があり、1987年には女性ペアが参戦したことも話題となり、1988年の「FZR250」にはネスカフェ・アメリカーナ仕様も用意されました。

 他にも1988年の「YSR50」に、当時の全日本ロードレースでスポンサードしていた「UCC」(上島珈琲)のカラーが限定発売されました。

 また変わり種では、1993年にキリンビバレッジが炭酸飲料の「Mets(メッツ)」のブランドでスポンサーをしており、販促キャンペーンの懸賞で「Metsカラー」の「TZR50R」や「TZR250R」が当たりました。が、こちらは各5台ほどと言われ、まず目にすることはありません。

丸~い「M」から引き裂く「M」へ

 GPシーンを彷彿させるスポンサーカラーと言えば、1994年の「TZM50R」で用意された「Telkol(テレコール)カラー」もハズせません。こちらは1993年のWGP250で、原田哲也選手がチャンピオンを獲得した記念に発売されました。

1993年のWGP250で、原田哲也選手がチャンピオンを獲得した記念に販売された、電源装置や通信事業の「Telkor(テレコール)カラー」の「TZM50R」(1994年)
1993年のWGP250で、原田哲也選手がチャンピオンを獲得した記念に販売された、電源装置や通信事業の「Telkor(テレコール)カラー」の「TZM50R」(1994年)

 それからしばらく間を置き、番外編というか海外販売モデルになりますが、2010年の「YZF-R1」がMotoGPマシン「YZR-M1」と同じ「FIATカラー」を纏いました。フロントカウルには「46」のゼッケンが入り、これはバレンティーノ・ロッシ選手のファンに向けた仕様と言えるのではないでしょうか。

 当時は国内仕様はありませんでしたが、逆輸入モデルで販売されていたため、ヤマハの純正アクセサリーなどでお馴染みのワイズギアが、この外装パーツキットを販売していました。

 話を戻して、国内販売されたスポンサーカラーですが、この後はMotoGPスポンサーの通信会社の「テレフォニカ・モビスター」、そして「モンスターエナジ―」と続きます。

 車両は広い世代に人気のスポーツ車の「YZF-R25/R3」や、50ccスクーターの「JOG ZR」、原付2種の「シグナス」のシリーズになります。この辺りのモデルは目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。

 この10年あまり、ヤマハは継続的にスポンサーカラーのバイクをリリースしています。「YZF-R1」を筆頭に、各排気量に豊富なスーパースポーツや、スポーツヘリテージも豊富に揃えているので、いっそうスポンサーカラーを増やしてみては……と感じる次第です。

【画像】ヤマハと言えば……!! 「Marlboro」や「TECH21」で今でもライダーの心をくすぐるスポンサーカラーを画像で見る(28枚)

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Writer: 伊藤康司

二輪専門誌『ライダースクラブ』に在籍した後(~2005年)、フリーランスの二輪ライターとして活動中。メカニズムに長け、旧車から最新テクノロジー、国内外を問わず広い守備範囲でバイクを探求。機械好きが高じてメンテナンスやカスタム、レストアにいそしみ、イベントレース等のメカニックも担当する。

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