アメリカで生まれた「チョッパー」というカスタム・カルチャー 改造バイク=アウトローという認識はなぜ広まった?
カスタムバイクのジャンルの一つには米国で生まれた「Chopper」というものがあります。この文化はどのようにして生み出されたのでしょうか。
レースバイクを原点とするアメリカン・カスタム「Chopper」とは
第二次世界大戦が終了した1945年以降、1950年代からアメリカでChopper(チョッパー)というカスタム・カルチャーが誕生したといわれています。
その起源の諸説としていわれるのが、「ヨーロッパで欧州車を見た米国への帰還兵が現地のスリムでスタイリッシュな車両を模して作り上げた」という説などがありまずが、その真相は定かではありません。

コトの始まりを時系列で追っていくと、1920年代にレースに出場することを目的にノーマルのフェンダーを切断する軽量化が自然発生的にスタートし、1930年代に“レース場まで自走で参加する”ことがレギュレーションで定められたアマチュア・ライダー対象のレースをAMA(American Motorcyclist Association 1924年に設立)が開催。
これは一般のライダーに対しレースを身近なものにする狙いと、ハーレー社やインディアンなど米国メーカーの車両販売促進を促す戦略があったとのことですが、このムーヴメントがキッカケになり、街中でもフェンダーをカットし、マフラーを変え、ハンドルを交換した当時のレーサー的なマシンが出現しはじめたといわれています。
ちなみに当時のレースは現在のようなアスファルトのクローズド・サーキットで行われるものではなく、今で言うオフロードコースを走るような状況で、時には浅瀬の川なども渡ったとのことですが、そうした中、マフラーの位置を高く設定し、排気口からの水の侵入を防ぐアップタイプのマフラーが登場。最初のカスタムはスタイルというより、性能を求めた必然から生まれたものであることは間違いない事実でしょう。

その当時の車両は、ノーマルリアフェンダーのヒンジ部分から切断したスタイルが“競走馬の切り尾”を連想させることから“BOBBER”と呼ばれているのですが、そうした改造車がイコールでアウトロー的なものとして認識されることになった理由として、ある一つの有名な事件があったことが知られています。
それが1947年7月4日に米国カリフォルニア州のホリスターで開催されたAMAジプシーラリーで起こった俗に言う“ホリスターの暴動”なのですが、それがLIFE誌の表紙となり、改造バイク=アウトロー的なものという認識が世の中に広まっていきます。ちなみにこの事件は1952年に公開されたマーロン・ブランド主演の映画、“乱暴者”(原題:THE WILD ONE)でも取り扱われ、そのイメージが良くも悪くも浸透していったといえるでしょう。
【了】
Writer: 渡辺まこと
ハーレーや国産バイクなど、様々な車両をベースにアメリカン・テイストのカスタムを施した「CHOPPER」(チョッパー)をメインに扱う雑誌「CHOPPER Journal」(チョッパージャーナル)編集長。カスタム車に限らず、幅広いバイクに対して深い知識を持つベテラン編集者。







