ヤマハ「トリシティ300」は大きなスクーターではなくツアラー? 「トリシティ155」と比べて分かった最新3輪の個性

2020年9月30日に発売された「トリシティ300」はヤマハのLMW(リーニング・マルチ・ホイール)の技術を投影した最新のモデルです。ここでは自身もトリシティを所有するジャーナリストの伊丹孝裕さんにトリシティ155とトリシティ300の立ち位置の違いについて語ってもらいました。

シリーズ唯一のスタンディングアシスト機構

 ヤマハの3輪スクーター「トリシティ」が登場して6年が経過しました。最初に125ccが発売され、その後、高速道路も走れる155ccを追加。新しいユーザーを着々と開拓しているようです。個人的にも初期型の125を愛用しているのですが、ひとつ気になることがあります。

ヤマハ「トリシティ300」(右)「トリシティ155」(左)と筆者(伊丹孝裕)

 それが「3輪だから足を着かなくても大丈夫」と思っている人がかなりいるということです。いかにも安定感たっぷりの見た目なのでそれも致し方ないでしょう。子ども向けの3輪車のように、そのまま止まっていられるという誤解が少なからずあり、「いや、普通に転びますよ」なんて言おうものなら、露骨にがっかりされる……という経験が少なくありません。

 トリシティ125も155も車体を傾けて曲がる、つまり普通のバイクと同じような構造になっているため、その角度が深くなればいつか転倒しますし、停止する時は足を出していないと自立できません。

ヤマハ「トリシティ300」(右)「トリシティ155」(左)。シリーズのフラッグシップとなるトリシティ300ではスタンディングアシスト機構が採用されています

 そんな中、「いや、別にやればできるんですけどね」と言わんばかりに登場したシリーズのフラッグシップが「トリシティ300」です。このモデルの注目すべき点は、スタンディングアシスト機構の採用に尽きます。これを作動させることによって車体は左右に傾かなくなり、足を着かなくても停止していられるというわけです。

 この機構は車体の取り回しにも有効で、例えば押し引きする際、うっかり身体の反対側に傾けて倒しそうになる不安を解消。そもそも車体を支える力が少なくて済むなど、メリットは数多いのです。

トリシティ300のデメリットは?

 では、デメリットはないのか? それをトリシティ155との比較を通して見ていきましょう。トリシティ300を目の前にすると、多くの人が「デカッ!」と口にします。実際、全長もホイールベースもトリシティ155より25cmほど長く(ホイールベース/
 1595mm)、印象としてはふた回りほど巨大に見えるからです。さらに言えば、それらの数値は845ccの3輪スポーツバイク、ナイケン(ホイールベース/ 1510mm)をも上回り、車重は237kgに到達。言い方を変えると、このサイズと重量があるからこそ、ライダーをサポートとするスタンディングアシスト機能が活きると言えます。

左から「トリシティ155」「トリシティ300」「NIKEN GT(ナイケン・ジー・ティー)」。トリシティ300のホイールベースは845ccの3輪スポーツバイク「NIKEN」よりも長い設定となっています

 その車体の大きさを存分に活かし、シート下にはフルフェイスヘルメットが2個すっぽり入る45リットル分ものスペースを確保。トリシティ155のそれは23.5リットルですから、収納力には2倍近い差があるというわけです。

 エンジンの最高出力も、ほぼ2倍の29PSを発揮するため(トリシティ155は15PS)、車重に対して十分な加速力を披露。高速域では100km/h巡行も余裕でこなす頼もしさが大きな魅力と言えるでしょう。

ヤマハ「トリシティ300」はビッグスクーターではなく積載能力に優れたツアラー的なモデルといえるかもしれません

 その意味で、トリシティ300は「大きなスクーター」ではなく、積載能力に優れた「ツアラー」と考えた方がよさそうです。タンデムで走行しても安定性はほとんど損なわれず、急ブレーキを掛けるような場面では、3輪分の摩擦力のおかげで短い距離での停止が可能。当然、クラッチ操作の必要もありませんから疲労も少なく、長距離を粛々と走るような使い方に向いています。

 ただし、やはりタウンユースがメインの場合は、既述のサイズや重さが少なからずデメリットになります。ビッグネイキッドやアドベンチャーと比較すると安楽とはいえ、やはりこまごまとした取り回しは肉体的にも心理的にも負担があることは否めません。もっとも、そのためにスタンディングアシスト機能が備わっているわけですが、コミューターとしての使い方がメインのユーザーは、トリシティ155を選択すべきでしょう。

タウンユースにおいてはヤマハ「トリシティ300」よりも「トリシティ155」に軍配が上がります

 事実、ある程度年齢とキャリアを重ね、より快適なツーリングを求めるライダーにトリシティ300は支持されているそうです。晴れた日にパートナーをタンデムシートに乗せ、ちょっとしたオープンカーのような感覚で心地いいひと時を楽しむ。そんなシーンが想像され、とても素敵なことだと思います。用途に合わせて選べるヤマハの3輪シリーズは、今後ますますニーズが増えていくのではないでしょうか。

【了】

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Writer: 伊丹孝裕

二輪専門誌「クラブマン」編集長を務めた後にフリーランスとなり、二輪誌を中心に編集・ライター、マシンやパーツのインプレッションを伝えるライダーとして活躍。鈴鹿8耐、マン島TT、パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムといった国内外のレースにも参戦するなど、精力的に活動を続けている。

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