ホンダのスーパースポーツと言えばフルカウルの「CBR」だが…… 初代は“ネイキッド”だった!?
ホンダの「CBR」と聞けば、フルカウルを装備したスーパースポーツ車をイメージしますが、そのネーミングを初めて採用したモデルは、なんとネイキッドスタイルでした。
フルカウルのスーパースポーツ……のハズ?
ホンダの高性能ロードスポーツでお馴染みの「CB」というブランドネームは、1959年の「CB92スーパースポーツ」で始まり、1969年登場の「ドリームCB750FOUR」で不動のモノとなりました。
1979年には1000ccクラスの並列6気筒エンジンを搭載する「CBX」が登場し、国内では1981年発売の「CBX400F」が大人気となりました。
そして次なる「CBR」は、旧くはレーサーレプリカとして、現在では「CBR1000RR-R FIREBLADE」を頂点とするホンダのスーパースポーツを体現するブランドネームとして知られるところとなりました。
しかし初めてその名を冠し、1983年に登場した「CBR400F」は、なぜかカウリングを装備しない、今で言うところのネイキッドでした。

じつは排気量を問わず、歴代「CBR」でカウリング非装備なのは初代「CBR400F」のみです。多数採用された新機構は「CBR」の名に恥じないものだったのにちょっと不思議ですが、そんな「CBR400F」を振り返ります。
なぜか「初CBR」はカウルなし?
1980年代初頭、日本は空前のバイクブームでした。当時の免許制度も影響し、いわゆる「中型」免許(排気量400cc以下に限る)で乗れる最大排気量の400ccクラスは大激戦区で、とくに1979年発売のカワサキ「Z400FX」から4気筒エンジンが大いに盛り上がり、各バイクメーカーがしのぎを削りました。
なかでもホンダ「CBX400F」(1981年)はその高性能ぶりで大人気を博しました……が、もちろんライバルも黙っていません。次々と400ccクラスの高性能な4気筒モデルが発売されます。
そしてホンダも「CBX400F」からわずか2年の1983年12月20日に、完全刷新した「CBR400F」を発売しました。これが「CBR」の名を冠した初のバイクとなります。
当時はバイクブームゆえに事故の増加や暴走族など社会的な問題もあり、カウリングが認可されていませんでした(カウリング装備はスピードを出す、というヘンな理屈……)。
しかし1982年中頃に認可され、国内初のカウリング装備車として「CBX400Fインテグラ」が1982年7月1日に発売されました。にもかかわらず、その後に発売された「CBR400F」はカウル非装備でした。
すでにレーサーレプリカの波も訪れはじめ、スズキの「RG250Γ」(1983年)も立派なカウリングを装備していたので、少々不思議ではあります。

とはいえ、「CBR400F」はメインフレームから伸びたステーにヘッドライトを装備しており、ハンドルを切ってもヘッドライトの向きが変わらない構造です。
要するに「カウルが付いていない」というよりも、「レーサーのカウリングを外した」スタイルです。なぜ、このようなマニアックな路線で登場したのかは定かではありませんが、他の装備はまさにレーサーからのフィードバックや新機構が満載でした。
バルブ休止機構を搭載!
「CBR400F」のエンジンは空冷4ストローク4気筒DOHCですが、特筆すべきは低中回転域では2バルブで、高回転域では4バルブに切り替わる回転数応答型バルブ休止機構の「REV(Revolution Modulated Valve Control)」を搭載しているところです。
4ストロークエンジンの場合、最高出力を稼ぐにはエンジンを高回転までスムーズに回すことが必須です。そのためには吸気バルブや排気バルブの開口面積を大きくするのも手段のひとつですが、その反面、低中回転だとトルクが不足したり、アイドリング付近で不安定になるデメリットがあります。
そこで高回転でのパワーと低中回転の扱いやすさを両立させるために生み出したのが、回転数に応じて作動する吸排気バルブの数を切り替える「REV」です。
じつは1992年に登場した「CB400 SUPER FOUR」が装備した「HYPER VTEC」や、ホンダの4輪スポーツ車(1989年発売のシビックSiR以降)から装備する「VTEC」も、実際のメカニズムは異なりますが、「CBR400F」の「REV」が原点になっています。
車体に目を向けると、ホイールはホンダならではの「コムスター」ですが、当時のWGP500ワークスマシン「NS500」と同じ形状の「NSコムスター」を初めて採用しています。
そして前輪は、もちろん当時のトレンドである16インチを採用しました。また初採用ではありませんが、フロントフォークには、やはり当時のトレンドであるアンチダイブ機構の「TRAC」を装備しています。

ダブルクレードルフレームはスチール製ですが剛性の高い角断面パイプを用い、形状的にもレーシングマシンのようなワイドループでした。
もしかすると「CBR400F」がカウル非装備だったのは、「REV」を装備した新型エンジンや、レーサー然としたフレームや足まわりなどを見せてアピールしたかったのでは……? と感じなくもありません。
カウル付きモデルでシリーズ拡大!
カウル非装備で登場した「CBR400F」ですが、わずか半年後の1984年5月31日に、ハーフフェアリングと2灯式ハロゲンヘッドライトを装備した耐久レーサー風の「CBR400F ENDURANCE(エンデュランス)」がラインナップに加わりました。
その2カ月後の8月10日には、フルカウル化した特別仕様車の「CBR400F F-3」を発売します。
そして1年後の1985年8月に「CBR400F」シリーズはマイナーチェンジし、レース活動から知見を得た排気効率に優れる直管拡散型排気システムのステンレス製の集合マフラーを装備し、ホイールをNSコムスターから3本スポークのアルミダイキャストに変更。他にもアルミ製スイングアームやジュラルミン製のハンドル類などで従来モデルから約2kg軽量化しました。
さらに、一体式テールカウルのシングルシートを装備する「CBR400F FORMULA 3」(限定5000台)も加わり、ラインナップを拡大しました。

初の「CBR」として誕生した「CBR400F」ですが、1986年7月には完全新設計の水冷4気筒エンジンを搭載してフルモデルチェンジします。
また当時のホンダはV型4気筒にも力を入れており、1982年12月に発売した「VF400F」を「VFR400R」(1986年3月発売)に完全刷新しました。
このように、1980年代はバイクブームから移行したレーサーレプリカブームが猛烈な開発スピードによる短いモデルサイクルで、現在では想像できないほど次々と新型バイクに切り替わっていきました。
とはいえ、「CBR」ブランドは生き続け、ホンダのスーパースポーツモデルとして確立され、現在に至るのは周知の通りです。
Writer: 伊藤康司
二輪専門誌『ライダースクラブ』に在籍した後(~2005年)、フリーランスの二輪ライターとして活動中。メカニズムに長け、旧車から最新テクノロジー、国内外を問わず広い守備範囲でバイクを探求。機械好きが高じてメンテナンスやカスタム、レストアにいそしみ、イベントレース等のメカニックも担当する。
















