自動車ではネガティブだけどバイクでは魅力に!? ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.94~
レーシングドライバーの木下隆之さんは、ハーレー・ダビッドソンの最新モデルに乗って目から鱗が落ちる思いだと言います。どういうことなのでしょうか?
クルマの振動はネガティブ、バイクの振動は魅力に?
米国の老舗バイクメーカー、ハーレー・ダビッドソンの最新モデル「Iron 883」に向き合ってみて、僕(筆者:木下隆之)は眼から鱗が落ちる思いだった。

今回試乗した「Iron 883」は、いわゆるハーレーマニアが口にする「パパサン」であり、絶大な人気を誇る、通称「スポスタ」である。ハーレーが市場に送る自信作、最新の技術を盛り込んだ2021年モデルである。
ワクワクを抑えきれず、なにはともあれエンジンに鞭を入れたくなるのだが、じつはこの日は2輪ジャーナリスト向けの試乗会だった。となれば、僕は日頃から最新の自動車に触れ、それでも技術が古いだの完成度が甘いだのと苦言を呈するチンピラ稼業、つまりここでは、何も知らないくせして偉そうなだけの人間である。
最新の自動車に触れる場合、苦言の対象はたいがい「NVH」であろう。noise(ノイズ)・vibration(バイブレーション)・harshness(ハーシュネス)それぞれの頭文字をとった呼び名である。素直に「雑音と振動と突き上げ」と日本語で書けばいいのにNVHと記すことがあるのは、気取っているからである。
そのNVHは、自動車の場合はたいがいネガティブな性質であり、できれば静かで無振動で乗り心地の優しい状態が理想とされている。だからNVHは、僕らの間では悪なのである。
だがしかし、ハーレー・ダビッドソンではそのNVHが最大の美徳だと言う。車体にまたがってセルボタンを指先で押すと、空冷Vツインエンジンはズドンと強烈な振動を伴って目覚めた。
今にもエンストしそうな……というほど不安定ではないが、それは強い振動を隠そうともしない。走り出しても同様で、両足をのせたステップに強く振動が伝わってくる。
「ねっ、いいですよね。ハーレーって」
傍にいたバイクの人が、嬉しそうな顔で振動のありかを褒め称える。
「これが他のメーカーとの違いかもしれませんね」
ハーレーの振動は質が良い、と言うのである。
そんな体験とやり取りがあり、これまで自動車専門誌に寄稿してきたNVHの原稿を思い返してみた。
「振動が悪だなんて、誰が決めた?」である。
内燃機関を積んだ乗り物なのだから、NVHは常識である。NVH万歳なのだ。とりわけ趣味性の高いバイクという乗り物であるならなおさらであろう。右手で胸に手を当ててみた。すると、心臓がちょっと早いテンポで鼓動を打っていた。人間だってドキドキしているのだ。人間だってドキドキしているのだから、バイクがドキドキして何が悪い? と、ハーレーが語っているように思えた。
【了】
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。