イタリアンスクーター「ベスパ」に気付かされたブランドの魅力 ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.95~
レーシングドライバーの木下隆之さんは、イタリアンスクーター「ベスパ」にまたがって気付かされたことがあると言います。どういうことなのでしょうか?
ブランドを大切に育む、イタリアンメーカーのセンスに触れた
イタリアのスポーツカーメーカー「ランボルギーニ」が製作したカレンダーが秀逸だ。12枚綴りで月をめくるごとに1枚の写真ですべてを語り尽くす、余韻を残すタイプのメッセージ型カレンダーなのだ。

たとえば、ある月は老婆が主人公。街外れの直線路を前に、腰の曲がった女性が渡ろうとしている。道幅は2、3歩で渡り切れるほど狭い。そこに、展望所にあるような双眼鏡が立っていて、レンズに目を当てて遠くを覗こうとする老婆。
「ここはランボルギーニの街です。サンタアガタ」
コピーはそれだけだ。驚くほど速いスピードでランボルギーニが迫ってきますよ、と語っているわけだ。こうして説明することが無粋なほど余韻に満ちた作品である。
またある月の写真は幼児が主人公だ。子供が手に持っているのは、小さなクルマのおもちゃである。もちろんそれはランボルギーニ。
「この街に生まれた子供は、“ママ”と口にする前に“マキナ(クルマ)”と語り出します。なぜならばここは、ランボルギーニの街だからです。サンタアガタ」
サンタアガタは、ランボルギーニが本社を構えるイタリアの地方都市の名称である。
そしてまたある月の写真は、髭を蓄えた巨漢のアメリカ人が主人公だ。皮のライダースジャケットに身を包み、足元はモーターサイクルブーツ、ベルトにはドクロのキーホルダーを下げている。街と街をつなぐ田舎道のダイナーで巨漢が屯(たむろ)している。熊のように大きな手には小さなコーヒーカップ……アメリカンサイズのマグカップではなく、太い指でカプチーノを飲んでいる。そしてそのコピーはひと言。
「ここはランボルギーニの街です」
巨漢は「Vespa(ベスパ)」に跨がっていた。背筋を伸ばし、シートの前端にチョコンと大きな尻を乗せている。
ランボルギーニの街、サンタアガタにくると、ハーレー乗りの巨漢もベスパのスクーターに乗りたくなる、と語っているわけだ。

この日、僕(筆者:木下隆之)はベスパにまたがった。するとなぜか、オードリー・ヘップバーンがそうしていたように、シートの前端にチョコンとお尻を置くようなライディングフォームになった。
着座位置は高く、ハンドルは手前で低め、腕はリラックスした位置に落ち着き、背筋がスッと伸びる。
ペスパは、またがる人を自然と“ペスパ流”のフォームにしてしまうのである。こうしてブランドは構築されるのだ、と感じた瞬間だった。
【了】
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。


