いにしえのF1ドライバーは「勇者」扱いだった!? ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.126~

レーシングドライバーの木下隆之さん(筆者)は、1950年代のF1映像を観て、現代のMotoGPの姿と重なると言います。どういうことなのでしょうか?

レースへ挑む姿に、観客は熱狂する

 1950年代のF1のドキュメンタリー番組を見ていて、僕(筆者:木下隆之)は腰を抜かしかけた。レーシングドライバーは半袖のポロシャツでマシンに乗り込み、くわえていた煙草を苦々しく放り捨て、颯爽とコースに躍り出ていくのだ。デニムパンツを履いている。白いシャツに蝶ネクタイをしたレーシングドライバーもいる。その姿はレースが貴族のスポーツであることを物語っている。

1950年代に活躍したメルセデス・ベンツのF1マシン
1950年代に活躍したメルセデス・ベンツのF1マシン

 葉巻型のマシンは華奢だ。まさにバスタブに浸かるかのようにユルユルで、しかもシートベルトすらしない。そんな軽装でレースに挑んでいる。そしてトップドライバーは語る。

「いかに体を傾けて、顔を出しながら走るかが勝負なんだ」

 シングルシーターであり、4本のタイヤは剥き出し。だからそれは、やはりF1ということになる。だが、コーナーでは体を折り畳んでイン側に荷重をかける。首をも捻じ曲げている。これはもうMotoGPのライディングに近い。

 実際に死亡事故は多発した。そんな車体でガードレールにヒットすれば……いや、そもそもガードレールなどはない。四角に束ねたワラをコースサイドに並べ、そこに大観衆が鈴なりになる。そんなところでスピンすれば、マシンはゴロゴロと二転三転しながら観客の中に飛び込んでいく。ドライバーは回転するコックピットから放り出され、宙を舞う。バイクのハイサイドや横転と同じなのである。

 と言うほど、いにしえのF1は危険だった。しかし安全対策は進まなかったと、当時を知るモータージャーナリストは語っている。

「なぜならば、命を顧みずに挑む勇者に観客は熱狂したからだ」

 それを見て鳥肌が立った。そして同時に、これは現代のMotoGPと同じではないか、と思った。さすがに現代は、安全性の高いヘルメットや脊椎パッド、レーシングスーツなどを装備してレースに挑んではいるものの、体は剥き出しだ。コーナーでは激しく体を折り曲げ首を傾ける。横転すれば体は放り投げ出され宙を舞う。現代のMotoGPライダーは、1950年代のF1と似たような環境で戦っているのだ。まさに「勇者」である。

2輪ロードレース世界選手権の最高峰カテゴリー、MotoGPに挑むライダーも「勇者」だろう(アレックス・マルケス選手/LCR Honda CASTROL)
2輪ロードレース世界選手権の最高峰カテゴリー、MotoGPに挑むライダーも「勇者」だろう(アレックス・マルケス選手/LCR Honda CASTROL)

 先日、バイクでサーキットを走る友人と、どっちが勇者であるかの議論になった。レーシングドライバーである僕と、ライダーとの他愛もない比較である。

 僕は剥き身の体で戦うMotoGPライダーこそ命知らずだと主張した。一方、あの速さでコーナリングするレーシングドライバーこそ狂気だと、彼は譲らない。どうでもいい議論だったが、1950年代のF1映像に答えがあったような気がする。

【画像】いにしえのF1マシンを見る(10枚)

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Writer: 木下隆之

1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。

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