不可解な乗りもの「鎖のバイク」が気になる ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.177~
レーシングドライバーの木下隆之さん(筆者)は、ドイツの軍用バイク「ケッテンクラート」という名に勇ましさを感じると言います。どういうことなのでしょうか?
あまりにも不可解、ユニーク、そして勇ましい
僕(筆者:木下隆之)は過去に存在していた気になるバイクを見つけてしまった。第2次世界大戦期にドイツ軍が使用していた不可解な軍用バイク、1941年から1944年までに約8300台が生産されたという「Kleines Kettenkraftrad(クライネス・ケッテンクラフトラート)」、通称「Kettenkrad(ケッテンクラート)」だ。

左右の履帯(無限軌道、いわゆる米企業の登録商標であるキャタピラー)が駆動輪になり、フロントにバイクの車輪が組み込まれている。大砲こそ備えてはいないが、風態はほとんど小さな戦車である。だがバイクのような前輪がある。人がまたがって操縦する。弾薬資財の運搬や、無反動砲などの小型兵器の運搬を主な任務としていたらしい。
「ケッテン」とは鎖、履帯を意味する。「クラフトラート」とは「モトラッド」の古い言い回しでモーターサイクルを意味する。類別するならばバイクなのである。ちなみに「クライネス」は小さいこと、つまり小型を意味する。
しかし過去の文献をペラペラめくっても、それがバイクである必然性が理解できないのだ。
最大に怪しいのはその前輪だ。どう見ても、操舵輪としての機能を満たさないだろう。キャタピラの駆動力をみくびらない方がいい。あの突進力で直進しようとしているのを、か細い前輪で旋回させることなど不可能に見えるのだ。
しかも、いわゆる戦車やブルドーザーのように、車体の中心を軸にその場でクルリと向きを変えるような超信地旋回ができない。
ある文献には、こんな記事が掲載されていた。
「前輪はブレーキ機能もなく旋回も不可能だ。旋回時には、内側のキャタピラーにブレーキをかける。前輪だけでの旋回は不可能である」
挙句のはてに、前輪をお荷物扱いもしている。
「前輪のフォークとフェンダーの間に泥が詰まって走行抵抗が増えるために、前輪を外すこともある」
それじゃなんで前輪があるのだ? 理解不能なのである。
それでもその名は「クライネス・ケッテンクラフトラート」、「鎖のバイク」と、名前だけは勇ましい。
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。