「伊賀越え」の道をスーパーカブで巡る 家康一行が一泊した多羅尾氏の山城「小川城」へ
NHK大河ドラマ『どうする家康』では、松本潤さんが演じる徳川家康が数々の困難やピンチを乗り越える姿が描かれています。家康にとって人生最大のピンチのひとつと言われる「伊賀越え」のスポットをスーパーカブで巡ります。家康一行が一泊したと伝えられる「小川城」を訪れました。
つかの間の休息、家康一行が一夜を明かした山城
NHK大河ドラマ『どうする家康』では、松本潤さんが演じる徳川家康が数々の困難やピンチを乗り越える姿が描かれています。家康にとって人生最大のピンチのひとつと言われる「伊賀越え」のスポットをスーパーカブで巡ります。家康一行が一泊したと伝えられる「小川城」を訪れました。

滋賀県の甲賀市には「信楽町多羅尾(しがらきちょうたらお)」という土地があります。この地方を治めたのが「多羅尾氏」であり、「小川城」は16世紀後半に多羅尾氏が居城し、改修して現在の形(遺構)になったと言われています。
この多羅尾氏が「伊賀越え」の際に家康一行を宇治田原から伊賀の国境まで警護したそうです。
麓には簡単な解説板がありました。その内容を要約すると次の通りです。
・さして高い山ではないが、山頂からの眺めは素晴らしい
・正安二年(1300年)、鶴見伊予守定則道宗が築城
・面積は約3000平方メートル

城にたどり着いたところにも解説板があり、そこには「1305年に鶴見氏によって築城されたとの伝説があるが定かではない」と記されていました。
戦国時代以降は多羅尾氏の勢力下に入り、1595年の「豊臣秀次事件」に連座し領地を没収されて廃城となったそうです。
この事件とは、豊臣秀吉への謀反を疑われた秀次(秀吉の姉の子供)が切腹させられたというもの。秀吉から関白を継いだものの、秀吉の世継ぎが誕生し、28歳の若さで切腹に追い込まれたという悲劇です。
多羅尾氏は豊臣政権下では没落しましたが、この「伊賀越え」で家康を助けた功績により、江戸時代~幕末まで存続し、活躍したと伝えられています。

現在の遺構は昭和53~54年の発掘調査により、16世紀後半に改修されたことが判明しています。この構造自体が前例のない珍しいものだそうです。
城跡そのものの解説板が欲しいところですが、明らかに見た目でわかる堀の跡や、堀切などの防護設備、さらには砦の武士たちが体を鍛えるために使ったと言われる「砦の力石」なるものが残されていたり、草に隠れた石垣が垣間見えるなど、山城好きなら興奮するような情景が広がっていました。

岡崎を目指す家康の危機はまだ続きますが、きっとこの堅固な山城は、家康や家臣たちを安心させたのではないか、と想像できました。












