究極の2ストローク実験エンジンでラリー完走! 1995年のホンダ「EXP-2」と「AR燃焼」とは?

ホンダは1995年、2ストロークエンジンの低回転域での不整燃焼を解決し、排気ガスのエミッション低減、燃費や操縦性の向上まで叶えた「AR燃焼」技術を導入し、世界で最も過酷なラリーに実験機「EXP-2」で参戦、完走を果たしました。

2ストロークの課題を解決した「AR燃焼」技術

 2ストロークと4ストローク、それぞれのエンジンには特徴があります。同じ排気量で簡単に比べると、2ストロークエンジンは構造がシンプルゆえ軽量コンパクトで、1回転に1回の燃焼なので高出力に向いています。一方の4ストロークエンジンは、一般的に吸排気を高精度に管理でき、排気ガス等の環境性能や燃費が良く、耐久性もあります。それらの特徴によって、ライダーの嗜好に合うエンジンフィーリングや、レースでの向き/不向きがあります。

1995年に「グラナダ~ダカール・ラリー」に出場したホンダ「EXP-2」。2ストロークエンジンの最終進化形と言える「AR燃焼」技術を搭載したファクトリーマシン
1995年に「グラナダ~ダカール・ラリー」に出場したホンダ「EXP-2」。2ストロークエンジンの最終進化形と言える「AR燃焼」技術を搭載したファクトリーマシン

 1995年の国際的に有名な「グラナダ~ダカール・ラリー」(この年はスタートがパリではなく、スペインのグラナダだった)に、ホンダのファクトリーマシンが帰ってきました。ホンダ「NXR750」が1986年から1989年まで、4年連続で「パリ~ダカール・ラリー」を制覇してから6年の歳月が過ぎ、新たなるチャレンジャーは2ストロークエンジンで登場しました。

 世界最大規模のこのラリーは、およそ2週間でアフリカの砂漠などのルートを1万km以上走破する過酷なレースで、当時の2輪参加車は4ストロークエンジンの大排気量車がほとんどです。2ストローク車は燃費と耐久性の面で不利とされ、完走実績も少ないものでした。

 ファクトリーマシンの車名はホンダ「EXP-2」で「Experimental 2-storoke=実験的な2ストローク車」という意味です。「2ストロークの燃焼を改善し、排気をクリーンにして燃費も向上する」という、ネガ部分をひっくり返すような究極の2ストロークエンジン開発プロジェクトでした。

 このプロジェクトがホンダ社内の実験室を飛び出し、あえて「2ストロークは不利」と言われている国際ラリー競技に参戦した理由は、レース現場での実証実験のためです。そして排気ガス規制目前のこの時期に「2ストロークを改善できる可能性」を社会にアピールすることが目的だったと想像できます。

 燃焼改善の鍵となるのは「AR(Activated Radical)燃焼」と呼ばれる、自己着火をコントロールするシステムです。古い2ストローク車は「イグニッションスイッチを切ってもエンジンが回り続ける自己着火現象」が起きることがありましたが、ホンダは「なぜ自己着火するのか」を研究をし、その要因となる残留ガス内の「ラジカル(Radical)」という物質に注目しました。このラジカルを利用して人為的に自己着火を起こす技術が、AR燃焼です。

排気量402ccの水冷2ストローク単気筒エンジン。大きいチャンバーがエンジン前スペースを占領している。異常燃焼(デトネーション)を感知し、燃料噴射等の電子制御を可能としていた
排気量402ccの水冷2ストローク単気筒エンジン。大きいチャンバーがエンジン前スペースを占領している。異常燃焼(デトネーション)を感知し、燃料噴射等の電子制御を可能としていた

 ここでまずエンジン内部に注目します。一般的なエンジンはプラグが点火してから火炎が燃焼室全体に広がり、ピストンヘッドを押します。実際はすごく短時間ですが、あくまで「燃焼の広がり」であり「爆発」ではありません。爆発したらエンジンが壊れます。

 エンジンのひとつの進化は、この燃焼伝播を速くすることでした。なるべく一気に、速く燃焼することでピストンを押す力が強くなり、高出力化につながります。しかしプラグを2本にしても、圧縮比を高くしても、燃焼室をコンパクトにしても、プラグからピストンヘッド全体までは距離(バイク用エンジンの場合は数10mmですが)があります。

 AR燃焼では、プラグに頼らず燃焼室全体にある無数のラジカルから一斉に燃焼が始ります。しかも完全燃焼するので燃焼効率が高く、低回転域で問題になる不整燃焼や失火が発生しません。問題は、任意に自己着火を発生させ、着火のタイミングを制御することです。

 当時の2ストロークエンジンには低回転域と高回転域で排気ポート面積を切り替える排気デバイスが装備されていました。「EXP-2」ではこの排気デバイスを活用し、「ARCバルブ」を設置しました。

 通常燃焼からAR燃焼に切り替えたい場合には、ARCバルブを下げて排気面積を減らします。抜け出せなかった未燃焼ガスと新気の混ざった混合気の圧力が高まり、AR燃焼を発生させる条件が揃います。実験の成果で圧力を調整してやれば、AR燃焼の点火時期も調整できることも分かりました。

 そしてアクセル開度とARCバルブの開度の組み合わせによる「AR燃焼が有効な範囲」を実験とテストで探し出しました。これと、エンジン回転数と組み合わせた制御マップにより、安定したAR燃焼と通常燃焼がシームレスに切り替わるよう電子制御されます。

 これらの結果、AR燃焼による排気ガス内の炭化水素(HC)の軽減や燃費の大幅な向上が確認でき、エミッション面での効果が見られました。同時に、操縦性に関しても大きな効果がありました。

コックピットにはGPSを装備したシステム。距離はデジタルで、目的地の方向はLEDの点灯で表示される。これによりライダーはナビゲーションのための煩雑な操作から解放された
コックピットにはGPSを装備したシステム。距離はデジタルで、目的地の方向はLEDの点灯で表示される。これによりライダーはナビゲーションのための煩雑な操作から解放された

「EXP-2」の走行データによると、ラリーでお馴染みのソフトサンド路面は後輪のトラクション限界が低く、スロットル開度が35%以下、エンジン回転数が2000~5000rpmで走行しています。この領域こそAR燃焼の範囲で、ソフトサンド路面走行の75%でAR燃焼が使用されていました。

 また上記の領域は不整燃焼でギクシャクしがちですが、AR燃焼により、トルク変動が少なく滑らかで扱いやすいエンジンとなっていました。

「EXP-2」は2ストロークエンジンでARCバルブとともに電子制御のフューエルインジェクションを使用していました。異常燃焼を回避するために冷却水温度が上昇し過ぎた場合は、出力制限や燃料冷却を行ない、燃焼室温度を下げる制御機構も導入されました。

 ラリー主催者からの参加許可を得て、「EXP-2」は1995年の「グラダナ~ダカール・ラリー」に2台出場します。2輪車の参加台数は95台、完走は27台という厳しいラリーでした。

 結果、1台は転倒によりリタイヤ、もう1台は完走して総合5位を獲得し、性能の高さとともに、実践でも十分な耐久性を持つことを立証したのです。

メインフレームはホンダ得意のアルミ製。後部はサブフレームと燃料タンクが一体となった構造。低めに設置された大きなサイレンサーが独特で個性的
メインフレームはホンダ得意のアルミ製。後部はサブフレームと燃料タンクが一体となった構造。低めに設置された大きなサイレンサーが独特で個性的

 その後、ホンダはこの究極の2ストロークエンジンとも言える、AR燃焼技術を搭載した市販車「CRM250AR」を1997年に発売します。

 しかし排気ガス規制の強化や、2ストロークエンジンの規制対象の流れは変わらず、1999年の規制によって公道を走れる国内向けの2ストローク車は生産終了となりました。

 現在でもマニアの間で人気の2ストローク車ですが、一部のレース車両や海外モデルを除き、新車で購入できるバイクは4ストローク車だけです。

 ホンダは創業数年後から「ホンダ=4ストロークエンジン」というイメージが強く、初めて市販した2ストロークスポーツモデルは1973年の「エルシノアMT250」でした。

 2ストロークエンジンの開発に遅れをとったホンダですが、それから約20年で登りつめた最終的な2ストロークエンジンのひとつの頂点が「EXP-2」だったのです。

■ホンダ「EXP-2」(1995年型)主要諸元
エンジン種類:水冷2ストローク単気筒クランクケースリードバルブ
総排気量:402cc
最高出力:54ps/7000rpm
車両重量:155kg(乾燥)
フレーム形式:セミダブルクレードル(アルミ製)

【取材協力】
ホンダコレクションホール(栃木県/モビリティリゾートもてぎ内)

【画像】ホンダの2ストラリーマシン「EXP-2」(1995年型)をもっと見る(9枚)

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Writer: 柴田直行

カメラマン。80年代のブームに乗じてバイク雑誌業界へ。前半の20年はモトクロス専門誌「ダートクール」を立ち上げアメリカでレースを撮影。後半の20年は多数のバイクメディアでインプレからツーリング、カスタムまでバイクライフ全般を撮影。休日は愛車のホンダ「GB350」でのんびりライディングを楽しむ。日本レース写真家協会会員

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