【世界に挑む日本人ライダーの足跡】小椋藍選手の言葉の真意。「バイクに乗るのは好き。でも、レースは……」
この企画では、MotoGPに参戦する日本人ライダーの、世界へ至る足跡を紹介します。今回は、2024年シーズンMoto2クラスのチャンピオン争いが期待される小椋藍選手(MTヘルメット - MSI)に話を伺いました。
初めてのバイクに泣いた、3歳の日
どんなレーシングライダーにも、「バイクと初めて出会った瞬間」はあるものです。もちろんそれは、Moto2クラスで活躍する小椋藍選手(MTヘルメット – MSI)も例外ではありません。

小椋選手がバイクと出会ったのは、3歳のときでした。お父さんの影響で、お姉さん(オートレーサーとして活躍中の小椋華恋選手)がすでにバイクに乗っている環境です。自分の意思ではなかったけれど、小椋選手がポケバイに乗り始めたのは、自然な流れでした。
──初めてポケバイに乗ったときのことを覚えていますか?
「自分では覚えてないですけど、アクセルをちょっと開けてブーッって進んで、止まったらしいんですよ。親が“どうしたのかな?”と思ってヘルメットのシールドを上げたら、泣いていたみたいです。たぶん、それがいちばん最初じゃないかな」
「どうして泣いたのかは覚えてないですけど、怖いから泣いたんじゃないかな。それ以外に泣く理由がないから……」
「ずっと、バイクに乗っているのはちょっと嫌でしたよ。毎週末やっているものだから続けていただけで、そんなに好きではなかったです」
小椋選手は当初、バイクに乗ることが好きではなかった……。その回答には驚きますが、よく考えれば、まだいろいろと遊びたい少年時代のことです。それも当然かもしれません。小椋選手は5歳くらいのときに、一度、バイクに乗らなくなった時期もあるそうです。その理由は、バイクより楽しいことに心を惹かれたからでした。
「あまり覚えてないんですけどね。サーキットに行って、オートバイに乗るよりも、サーキットで誰かと遊んだりサッカーをしたり、その方が僕は楽しかったんです。そういう記憶はあるんです」
「思い出せるきっかけはない」ということですが、その後、小椋選手は再びバイクに乗り始めます。筑波やもてぎのロードレース選手権に参戦し、2015年からはアジア・タレントカップ(ATC)に参戦しました。
ちなみに、2015年のATCチャンピオンは佐々木歩夢選手(現Moto2ライダー)で、2016年に小椋選手とATCチャンピオンを争ったのが、ソムキアット・チャントラ選手(現Moto2ライダー。2023年までのチームメイト)です。時を経て、今、小椋選手は彼らと世界選手権でしのぎを削っています。
ATCに2シーズン参戦したのち、小椋選手は、レッドブルMotoGPルーキーズカップ、FIM CEVレプソルMoto3ジュニア世界選手権(現在のFIMジュニアGP世界選手権)というMotoGPに続く選手権を戦いました。そして、2019年、ロードレース世界選手権Moto3クラスにフル参戦を開始したのです。
「バイクに乗るのは好きですね。でも、レースは……」
話を聞いていると、小椋選手のキャリアは「あまり乗り気じゃない感じ」で始まっています。しかし、世界選手権にまで至るには、相当の尽力と努力があったはずです。どのようにして、モチベーションを維持してきたのでしょう?
そう尋ねると、小椋選手は考え込みました。少しの沈黙が、流れます。

──バイクに乗ることを無理強いされていたわけじゃないでしょう?
「そうですね。親からは、やめたければいつでもやめてもらってかまわない、とか、やりたくないなら乗らなくていい、って、ひたすら言われていましたから。なぜですかね。わからないですけど」
そうしてまた、沈黙。
「よくわからないです。ほんとはやりたかったのかもしれないし……。あまり好きじゃなかったですけど。“乗りたくないなら乗らなくていいよ”って言われたのが悔しかったのかもしれないし。でも、続けていましたね」
「でもね、単純に……レース以外でバイクに乗ることや練習はすごく好きなんです。それが一番大きいんじゃないですかね」
それはつまり、自分の走りをひたすらに高めていく作業が好きだ、ということなのだろうか。
──研究するのが好きなんですね。
「人よりは好きなんじゃないかな。そんな気はしますね。でもね、変えたり頑張ったりしたものって、すぐ(効果が)表れてはくれないんです。変えたその瞬間から、“ここがよくなった!”、“ここが変わった!”、とはならないんですよ。半年や1年、2年前から頑張ってやっていることが、気づいたら(効果や結果になって)表れるんです」
「たまに思い返すと、上手にはなっているのかな、と思うことはあります。カテゴリーも上がってはいますし。ここ何年かは足踏み状態ですけど……。だから、それが楽しいんじゃないかな。ちょっとずつ(スキルが)上がっていって、みたいな」
──それによって充実感が得られる?
「充実感は、ないです!! 充実なんてしてないですもん。“レースが好き”とは、心からは言えないですね」
──バイクに乗るのが好き、ということですね?
「間違いなく、バイクに乗るのは好きですね。でも、レースは……」
そこでまた、小椋選手は言い淀みました。
そして、「たぶん、競い合いはそんなに好きじゃないです」と、言うのです。レース、しかも小椋選手が戦っている舞台は、競い合いの際たる場所のはず……。しかし小椋選手が続ける言葉に耳を傾けていると、なるほど、と納得しました。理由は明快だったのです。
「負けるから」
「勝つこともあれば、負けることもあるじゃないですか。負けるのが嫌なんです。だから、全戦勝てるのなら、もちろん“レースが好き!”と言えます。でも、そうじゃない限りは、ストレスがたまる。絶対に負けが発生するから、レースが好きではないんです」
小椋選手はきっと、びっくりするくらいの負けず嫌いなのかもしれません。けれどおそらく、頂点に駆け上がるライダーとは、そういうものなのでしょう。彼らは何度優勝しようと、何度チャンピオンを獲得しようと、いつも勝利に飢えているように見えます。小椋選手も、あるいはきっと……。
「でも、練習だけでは誰も喜ばせることはできないし、感情を共有することはできないじゃないですか。達成感みたいなものは、ストレスがかかればかかる分だけ大きくなると思う。世界戦で勝つ、みたいなものから生まれる達成感って、すごいものなんです」
「ミニバイクレースでも優勝は優勝ですよね。でも、世界選手権で勝った方が嬉しいのはどうしてかというと、関わっている人数が全く変わってくるし、自分のためだけのレースではない、ということが一番違うところだと思うんですね。そういうところから達成感が生まれるから」
「レースは、達成感のためのものです。そして、練習が自分のための時間です。僕が、バイクを楽しむ時間なんです」
「もし、レーシングライダーになっていなかったら?」
最後に、「もし、レーシングライダーになっていなかったら、何になっていたと思いますか? あるいは、何になりたかったですか?」と質問しました。この答えには、小椋選手が自分自身をどのようにとらえているのか、ということが、じわりとにじんでいるようでした。

「何になっていたと思いますか、という質問に対しては、“何にもなっていなかった”んじゃないですかね。普通だと思います」
「全く同じ感じで生まれて、育ち方が違って、ほかのスポーツで活躍して、ほかにやりたいことは、と聞かれたとしても、バイクって出てこないと思うんです」
「というのも、僕はなんとなく始めたことを突き詰めていくような作業がどんどん楽しくなって、今に至っていると思うんです。だから、突き詰めていけるものがあれば、一生懸命になれるものがあれば、何でもいいと思うんです」
なるほど、その答えは、まさに「レースは達成感のため。練習が、僕が楽しむ時間」につながっているのではないでしょうか。「練習」が、小椋選手の「突き詰める時間」なのでしょう。だから、小椋選手はその時間が「楽しい」のです。
「今の目標は?」という質問に対して、小椋選手はきっぱりと、こう答えていました。
「今は、世界チャンピオンです」
小椋選手はバイクと出会い、走ることを突き詰め、磨き上げたその先で世界選手権に至りました。内奥にはらむのは、「純粋な追究」です。一途なそれはいま、“チャンピオン”という称号に向かっています。

■小椋藍(おぐらあい)/MTヘルメット – MSI/#79
2001年1月26日生まれ
2015年:シェルアドバンス・アジアに参戦。タレントカップ参戦(※現イデミツ・アジア・タレントカップ)
2016年:シェルアドバンス・アジア・タレントカップに参戦。ランキング2位
2017年:レッドブルMotoGPルーキーズカップ、ランキング5位。FIM CEVレプソルMoto3ジュニア世界選手権ランキング8位
2018年:FIM CEVレプソルMoto3ジュニア世界選手権ランキング5位
2019年:ロードレース世界選手権Moto3クラスにフル参戦
2020年:Moto3クラスでチャンピオン争いの末、ランキング3位獲得
2021年:Moto2クラスにステップアップ
2022年:Moto2クラスでチャンピオンを争い、ランキング2位
2023年:Moto2クラス ランキング9位
2024年:MTヘルメット-MSIに移籍。Moto2クラス4年目のシーズン
Writer: 伊藤英里
モータースポーツジャーナリスト、ライター。主に二輪関連記事やレース記事を雑誌やウエブ媒体に寄稿している。小柄・ビギナーライダーに寄り添った二輪インプレッション記事を手掛けるほか、MotoGP、電動バイクレースMotoE取材に足を運ぶ。




