コーナリング時の重量配分を人間の動きで最適化!? ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.250~
レーシングドライバーの木下隆之さん(筆者)は、サイドカーレースのパッセンジャーの動きは、ITCの「ムービングウエイト」だと言います。どういうことなのでしょうか。
コーナリング時の重量配分を最適化
かつて、きわめてマシンの技術的規制が緩やかなツーリングカーレースが世界の話題をさらっていた時期がありました。国際ツーリングカー選手権(ITC)と命名され、世界でもっとも速いツーリングカーとして競われていたのです。

マシンはFIAが規定するクラス1に属し、排気量が2.5リッター未満であれば、駆動方式もハイテク技術の投入もほぼ自由でした。エンジニアが考える先進技術を余すことなく投入していたのです。
メルセデス、アルファロメオ、そしてオペルの3メーカーが熾烈な開発競争を繰り広げていましたが、オペルが投入したカリブラは4WDに改造されており、前後駆動配分はオートで、トラクションコントロールやABSも組み込まれるというモンスターでした。
じつはこのオペル・カリブラでレースに参戦するチャンスを求めて、僕(筆者:木下隆之)はドイツのホッケンハイムでの合同テストに招かれたのですが(残念ながら選考ならず)、その特異な走行フィールに腰を抜かしかけたました。僕がそれまでドライブしてきたどのレーシングマシンとも異なる、異様な走り味だったのです。
メルセデスは、さらに独特のシステムを投入していました。「ムービングウエイトシステム」と呼ばれるそのシステムは、柔軟な発想と高度な制御技術を持ち合わせていなければ成立しないものです。
ボディ下面に最大100kgの鉄の板が搭載されていました。それは数本の油圧パイプで繋がれています。そのウエイトは走行中に、前後左右に移動するのです。
目的は、重量配分の最適化です。ブレーキングでは前輪荷重が過剰になり、後輪荷重が低下します。ですからその鉄板は後ろに移動し、マシンの前傾姿勢を防ぎます。マシンは常に、ほぼフラットな姿勢を保つというわけです。
コーナリング中はそのウエイトがイン側に移動し、内輪の浮き上がりを防ぎます。外輪は過剰な荷重から解放されるので、性能を発揮しやすいでしょう。
というように、100kgのウエイトが走りの特性をバリアブルにコントロールしていたのです。
こんなハイテクマシンは、古今東西ITCだけでしょう。世界最高峰のF1でさえ、ムービングウエイトなどは見たことも聞いたこともありません。
ただ、あまりに開発コストが高騰したことで、1995年にスタートしたITCは翌年のI996年を最後に終了してしまいました。わずか2年という短命なカテゴリーだったのです。無制限にハイテクを受け入れたことで、メーカーは途方もない開発資金を投入しなければなりません。メーカーが息切れしたための消滅だったのです。
僕がオーディションに落選したことは苦い思い出ですが、一方で、世界最高のツーリングカーをドライブした経験は財産でもあります。
そんな記憶を蘇らせて思うのは、サイドカーレースです。
サイドカーレースは2名乗車で競うものです。バイクの操作をするドライバーとともに、パッセンジャーはカーの上で前後左右に体を動かしてバランスを取ります。コーナリング中はイン側に乗り出して旋回時の重量配分をコントロールします。バイクですからパッセンジーの動きが顕になります。個人的にはもっとも興奮するバイクレースだと思います。
これはまさに、ITCのムービングウエイトですよね。鉄板ではなく人間がその役目を担います。物理の法則をこれほど単純な形で表現したレースはありません。
ITCは消滅してしまいましたが、サイドカーレースは人間の感覚が全てです。開発コストはそれほど高騰しません。サイドカーレースの一層の隆盛を期待したいものです。
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。





