現在ではあり得ない!? タバコのブランドがカッコよかった!! ロスマンズ・ホンダ「NSR500」は今なお輝き続ける栄冠

1985年から1993年までの9年間、世界で戦うホンダHRCのマシンを彩ったのが「Rothmans(ロスマンズ)」です。そのカラーリングは強いホンダの象徴となり、現在でもレースファンの心にその印象を残しています。

世界GPで活躍した「Rothmans」カラーのホンダ

「Rothmans(ロスマンズ)」カラーの「NSR500」(1985年)が活躍していた時期から30年以上経っていますが、ロイヤルブルーのカラーリングを見れば今でもレースファンの胸は熱くなるはずです。一方では「ロスマンズの事を全く知らない」というバイクファンも増えていることでしょう。現在のタバコ宣伝禁止の常識からすると驚くかもしれませんが、ロスマンズはタバコのブランド名なのです。

ロスマンズ・ホンダ初年度の1985年、フレディ・スペンサー選手が乗った「NSR500」。250クラスと合わせてWタイトルを獲得
ロスマンズ・ホンダ初年度の1985年、フレディ・スペンサー選手が乗った「NSR500」。250クラスと合わせてWタイトルを獲得

 1960年代終盤からレースマシンをタバコブランドのカラーに塗ったり、ロゴを入れるスポンサードが始まり、それがレースチームの大きな資金源となっていました。現在で言うところのエナジードリンクのようなイメージです。

 英国のタバコブランドであるロスマンズは、1970年代からモータースポーツへのスポンサーを始めます。ル・マン24時間耐久のポルシェなど様々なレースシーンでロスマンズのロゴを見ることができました。

 ホンダの世界GPマシン「NSR500」へロスマンズのスポンサードが始まったのは1985年からです。この時期は他メーカーのマシンもタバコブランドがメインスポンサーで、世界GP500ccクラスはタバコ宣伝の代理戦争的な状態でした。

 1985年と言えば、フレディ・スペンサー選手による500ccと250ccクラスのWチャンピオンのシーズンです。初年度にしてロスマンズの宣伝効果は大きな成果を挙げたと言えるでしょう。

 ホンダ(HRC)へのスポンサードは9年間続きますが、500ccクラスでは1985年のスペンサー選手、1987年のワイン・ガードナー選手、1989年にはエディ・ローソン選手と、3人で合計3回、ロスマンズカラーの「NSR500」がチャンピオンを獲得しています。

エディ・ローソン選手が乗った1989年の「NSR500」。バンク角確保のための大きく曲がったスイングアームのガルアームを採用
エディ・ローソン選手が乗った1989年の「NSR500」。バンク角確保のための大きく曲がったスイングアームのガルアームを採用

 さて、「NSR500」に施されたロスマンズカラーのカラーリングは、白と青の塗り分けで金と赤のラインが入っています。「NSR500」に限らず、ロスマンズのレーシングマシンは概ね同じようなイメージで、一貫した宣伝戦略を感じます。

 しかし「NSR500」のカラーリングをマニアックな目で細かく見ると、年毎に違いがあります。

 1985年から1987年まではサイドカウルとシートカウル部分の白の面積が広く、ラジエター排気のスリットを避けるようにエンブレムが配置されています。アンダーカウル下全体は青に白でロスマンズ・ホンダの文字が入ります。

 1988年と1989年はアンダーカウル下側が白に塗り分けられ、太い青帯がシートカウルに伸びます。その青帯に白いロスマンズ・ホンダの文字が配置され、スリットで切られていますが、サイドカウル中央に「Rothmans RACING」のエンブレムが配置されました。青帯を縁取る赤と金のラインはシートとゼッケンの間に回り込んでいます。この2シーズンはいずれもゼッケン1番で走っています。

 1990年から1993年は、紺に近かったロイヤルブルーが明るい青に変わり、青帯の上下にあった金と赤のラインも幅が広くなります。アッパーカウルの白の面積が増えたこともあり、全体的に明るい雰囲気になりました。

1993年にロスマンズ・ホンダチームで世界GPフル参戦した岡田忠之選手の「NSR250」
1993年にロスマンズ・ホンダチームで世界GPフル参戦した岡田忠之選手の「NSR250」

 この時期はミック・ドゥーハン選手がライディングしていますが、ドゥーハン選手の5年連続チャンピオン獲得が始まるのは、ロスマンズが離れた1994年からです。

 ロスマンズカラーの「NSR500」で世界GPを走り活躍した日本人ライダーには、八代俊二選手や伊藤真一選手達がいます。

 岡田忠之選手はロスマンズホンダチームに在籍し「NSR250」で1993年の世界GP250ccクラスを走っています。

 また片山敬済選手が1985年に白の面積が広い独自のロスマンズカラーの「NS500」で参戦しています。

 世界GP以外にも、トライアルGPやダカール・ラリー、ボルドール24時間耐久や鈴鹿8時間耐久ロードレースなどでも、ホンダHRC+ロスマンズカラーのマシンが活躍していました。

写真左から、ガードナー選手の「NSR500」(1990年)、ルカ・カダローラ選手の「NSR250」(1991年)、ミック・ドゥーハン選手の「NSR500」(1991年)
写真左から、ガードナー選手の「NSR500」(1990年)、ルカ・カダローラ選手の「NSR250」(1991年)、ミック・ドゥーハン選手の「NSR500」(1991年)

 当時ホンダでは、公道用市販車にロスマンズカラーを施したモデルもラインナップしていました。その排気量は50ccの原付から1000ccまであり、レーサーレプリカの「NSR250R」はもちろん、トライアイル車の「TL125」にも採用されました。

■ホンダ「NSR500」(1985年型)主要諸元
エンジン種類:水冷2ストローク90度V型4気筒ケースリードバルブ
総排気量:499.25cc
最高出力:140PS/11500rpm
最大トルク:0.41kg-m/8500
車両重量:119kg(乾燥)

【取材協力】
ホンダコレクションホール(栃木県/モビリティリゾートもてぎ内)
※2023年12月以前に撮影

【画像】タバコブランドがモータースポーツを盛り上げた!? ロスマンズカラーの歴代マシンを見る(11枚)

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Writer: 柴田直行

カメラマン。80年代のブームに乗じてバイク雑誌業界へ。前半の20年はモトクロス専門誌「ダートクール」を立ち上げアメリカでレースを撮影。後半の20年は多数のバイクメディアでインプレからツーリング、カスタムまでバイクライフ全般を撮影。休日は愛車のホンダ「GB350」でのんびりライディングを楽しむ。日本レース写真家協会会員

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