ホンダ「ハンターカブ」はアメリカ生まれのリアルなタフギアだった!? 映画で語る山岳地帯での走破性と新しい人生体験とは
ホンダ「スーパーカブ」が輸出先のアメリカでオフロードスタイルにカスタムされ、それをヒントにハンター用のカブが生まれます。優れた走破性で狩猟に使われるタフギア「ハンターカブC105H」(1963年型)の誕生です。
「スーパーカブ」から派生した、オフロードスタイルのリアルツール
現在、人気車種のひとつであるホンダ「CT125・ハンターカブ」のルーツは、1960年代のアメリカへの輸出車まで遡ります。

ホンダは1959年に米国ロサンゼルスに海外現地法人を設立します。輸出されたメイン車種の「ドリーム」や「ベンリィ」はなかなかヒットせず、初年度の売り上げは170台に留まります。
そんな中、先に売れ始めたのは「ホンダ50」と呼ばれた「スーパーカブ」で、ホンダの名前を浸透するのに効果的な役割を果たしました。積極的な宣伝戦略もあって3年後の1962年にはアメリカン・ホンダの販売台数は4万台まで急成長します。
そうしたホンダのアメリカ進出初期に「ハンターカブ」のストーリーもスタートします。販売網をバイクショップのみならず、アメリカにたくさんあるアウトドアスポーツ用品店にまで広げて「釣りや狩猟のお供に最適」と売り込んでいきました。
ハンター用に生産された「スーパーカブ」の車名は「CA100Tトレイル50」や「C105Tトレイル55」などありますが、ここではまとめて「ホンダ50」と呼ぶことにします。
アメリカン・ホンダが1962年に製作したハンターカブの映画「Hunting with Honda」は、カリフォルニア州の都会でストレスを感じながら働く会社員が、友人と共にアイダホ州で「ホンダ50」に乗って鹿を狩るというストーリーです。
新しいライフスタイルを経験するという物語とともに「ホンダ50」が「ハンターカブ」と呼ばれる所以がたっぷり描かれています。
ライフルラックを装備した「ホンダ50」をトラックに積んで山へ向かい、ベースキャンプで野宿します。そこからは「ホンダ50」の出番です。草をかき分け、急斜面を登っては下り、小さな川を渡り、雪面を走り獲物の鹿を追います。
アマチュアライダーには走行が難しいオフロードでも、「ホンダ50」は走って進みます。軽量で両足が地面に届くこと、自動遠心クラッチでエンスト知らずであること、さらに超低速ギアへの切り替え(リアのダブルスプロケット)により、驚くべき走破性を発揮します。
彼らは仕留めた大きな雄鹿を、なんと「ホンダ50」のリアキャリアに積んでベースキャンプまで運んでいます。それまで自分の足で山を歩いていたハンターにとって、「ホンダ50」を使えば行動範囲が大きく広がったことは間違いないでしょう。

日本国内では、1961年に「CA105Hトレイル55」をベースにした「ハンターカブ55」を短期間販売しました。その後1968年の輸出向け「CT90トレイル90」の50cc版「CT50」を発売しますが、アメリカほどのヒットには繋がりません。
1981年には「CT110」を発売し、バイクで自然の中をゆっくり走るトレッキングという楽しみ方を提案しています。
写真は「ホンダコレクションホール」に展示されていた、1963年型の「ハンターカブC105H」です。スピードメーターがマイル表示なので輸出用車と思われますが、これに近い車両の「C100H」が同年の日本の自動車ショーに展示されました。
誕生したのはアメリカですが、当時の輸出車に「ハンターカブ」という車名は無いので、どれが元祖「ハンターカブ」なのかは少々ややこしいです。
ある日アメリカのアウトドア愛好家が「ホンダ50」で野山に走り出します。その人の目的は釣りか狩猟か、いずれにしろ「ホンダ50」は便利なだけではなく、最も大きな獲物は「ホンダ50」での走りの楽しさだったかもしれません。
その楽しさはそのまま、現在の「CT125・ハンターカブ」に受け継がれています。
■ホンダ「HUNTER CUB C105H」(1963年型)主要諸元
エンジン種類:空冷4ストローク単気筒OHV
総排気量:54cc
最高出力:5PS/9500rpm
車両重量:73kg(乾燥)
【取材協力】
ホンダコレクションホール(栃木県/モビリティリゾートもてぎ内)
※2023年12月以前に撮影
Writer: 柴田直行
カメラマン。80年代のブームに乗じてバイク雑誌業界へ。前半の20年はモトクロス専門誌「ダートクール」を立ち上げアメリカでレースを撮影。後半の20年は多数のバイクメディアでインプレからツーリング、カスタムまでバイクライフ全般を撮影。休日は愛車のホンダ「GB350」でのんびりライディングを楽しむ。日本レース写真家協会会員









