バイクで往く城跡巡り 戦国末期の本格的な山城「木曽福島城」へ 熊との遭遇に注意しながら低山登山!?
平氏を打倒するために挙兵した木曽義仲(きそよしなか)ゆかりの地、長野県木曽町の「木曽福島城」の跡をバイクで訪れました。戦国時代の山城ですが、たどり着くまでが大変でした。
登城はタイヘン、1時間半のキツめのトレッキング
木曽路(長野県)をバイクで走っていると、至る所に「木曽義仲」の文字が目に飛び込んできます。平家の大軍を破ってその後、源頼朝に追討されて最後は討ち死にする壮絶な人生を送った有名な武将です。その激動の人生は2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも印象的に描かれていました。

さて、今回は義仲の時代(平安時代末期)ではなく戦国時代の話。木曾義康(きそよしやす)が1532年に築城したとされる「木曽福島城」です。義康が義仲の末裔かどうかは定かではありませんが、この城の麓にある興禅寺(こうぜんじ)は木曽市の菩提寺で、義仲の墓が祀られていますので、縁が深いのだと感じました。
規模の大きな山城ですが、分かりやすい道先案内板のようなものがなくてやや難儀しました。山道の入口らしきところにバイクを停めて地元の住民に尋ねたところ、2通りの行き方を教わることができました。
遠回りしながら傾斜の緩やかな尾根林道を歩くか、急登するショートカットルートの2択です。山登り覚悟でトレッキングシューズも履いていたので後者を選択。人の手が入っている山道でしたが、一気に標高を稼ぐ細い道で早くも息が上がります。
山深い木曽を実感させる谷底の深さ。滑落したら洒落にならないダメージを受けそうなので、慎重に進んでようやく城の入口に到着しましたが、ここからさらに山を登らなければなりません。
「この辺りって熊が出るんじゃないか?」「住民の方に聞いておけばよかった」などと考えながら歩みを進めると、「クマが突然面会に現れることがあります。事前にノックをして知らせてあげて下さい」という看板を発見……優しい表現ですが、これがかえって怖い……設置してあった鉄骨を木槌でカンカン! と何度も打ち鳴らしました。
こんな時のために携帯用のエアホーンを購入したものの忘れてしまい、手元にあるのは小さな熊鈴のみ。不安に駆られながらも先を進みます。

やがて本丸、二の丸、三の丸の看板が見えたところが「空堀」でした。敵の侵入を防ぐ水を張っていない「空堀」は、山城の典型的な防御施設です。これを見るだけで疲れも吹っ飛ぶのが山城好きの性というものです。
尾根を空堀によって分断し、各所に郭(くるわ:平場)を設けて人員を配置するという天然と人工のコラボレーションである山城に大満足し、山を下りました。
全行程で1時間30分くらいかかり、麓のバイクに戻ると先ほどの住民が出迎えてくれました。城の入口付近の林道が工事中のため熊は寄りつかないそうですが、対面の山には確実に熊が生態しているようです。
このところ熊による被害のニュースが多いので、いっそう注意しながら、今後も山城を巡りたいと思います。















