天才少年の名前で呼ばれる元祖「スペンサーカラー」は市販車最速マシン!! ホンダ「CB750F」デイトナレーサーとは

1982年の市販車最速を決める米国のデイトナレースで、ホンダ「CB750F」が見事1-2-3フィニッシュで表彰台を独占しました。優勝したスペンサーの名前と共に、40年を超えて受け継がれる栄光のカラーリングを紹介します。

40年以上の歳月を繋ぐ、「スペンサーカラー」の栄光

 2025年秋はホンダ新型「CB1000F」発売というニュースで目白押しです。いわゆるネイキットのスポーツバイクですが、その特徴は1980年代に大ヒットした「CB750F/900F」をオマージュしたスタイリングです。

1952年にフレディ・スペンサー選手のライディングでデイトナで優勝したレーサー「CB750F」
1952年にフレディ・スペンサー選手のライディングでデイトナで優勝したレーサー「CB750F」

「CB1000F」のイメージカラーは「スペンサーカラー」と呼ばれている特別なカラーリングです。燃料タンクからサイドカバー、シートカウルへと流れるシルバーベースに紺と青のストライプが、力強さと躍動感を感じさせます。

 そのイメージベースとなるバイクは、スペンサーカラーの源となった「CB750Fデイトナレーサー」です。

「CB750F」が発売されたのは1979年でした。他社に先駆けた緻密な各気筒4本、合計16本の吸排気バルブを持つ直列4気筒DOHCエンジンに加え、前輪2枚、後輪1枚のトリプルディスクブレーキなど走りに徹した設計となっていました。

 この時期は国産4メーカーが世界の水準超え、海外でのビッグバイク販売競争が激化していました。市販スポーツバイクでレースに勝つことが強力な宣伝活動になっており、他メーカーはすでに優勝やチャンピオン獲得で高性能をアピールしていました。

 中でも北米は最も大きな販売台数が期待できる市場です。アメリカ国内ではフロリダ州のデイトナインターナショナルスピードウェイで行われるレースが最も大きなイベントであり、ホンダは1970年に「CB750フォア」で優勝し、大ヒットセールスに結びつけてます。

 歴史的にはレースの方が先に始まっていますが、現在では毎年50万人も集まる「バイクウィーク」と呼ばれる大きなイベント中にレースが開催されます。

 このバイクウィークは、日本国内に例えると鈴鹿8耐とMotoGPとモーターサイクルショーとSSTRと用品店や各メーカーの参加型イベントをひとつに合わせたような盛り上がりと賑わいです。

 サーキットには数万人しか入場できませんが、デイトナのスーパーバイクレース(市販車を改造したクラス)で勝つことが営業的にもブランド的にもとても重要です。つまりデイトナこそ「CB750F」宣伝の最前線であり、ホンダにとって是が非でも優勝したいレースでした。

 日本のホンダは「CB750F」のレースマシンを用意し、アメリカホンダは市販車改造レースの名チューナーを集め、デイトナ用にフルチューンします。起用されたライダーは18歳の若き天才ライダー、フレディ・スペンサー選手でした。この時のマシンが「スペンサーカラー」……ではありません。

 初陣となった1980年のデイトナで走った「CB750F」は、北米仕様のカラーリングでスペンサーカラーに似たラインですが、細い赤と青のラインが燃料タンクの上側まで回り込んでいます。トップ争いはしたものの、結果は2位でした。

 ちなみに、日本国内の初期型「CB750F」は燃料タンクがシルバーに青のベルトラインというカラーリングでした。2年目の1981年にスペンサー選手が乗った「CB750F」は、この日本国内仕様と似たシルバーに青のベルトラインのカラーで走っていて結果は3位です。

 いよいよ3年目となる1982年のデイトナで、ここに紹介する「CB750F」がスペンサーカラーで走ります。1982年のデイトナのレースでは、3年間熟成とチューニングが施された「CB750F」とスペンサーは圧倒的な速さを発揮して序盤から独走し見事に優勝します。さらにマイク・ボールドウィン選手が2位に、ロベルト・ピエトリ選手は3位に入賞し、スペンサーカラーの「CB750F」が1-2-3フィニッシュを成し遂げています。

なぜかスピードメーターの針は最高位置でストップ。ブレーキマスターのリストバンドも当時と同じトリコルール
なぜかスピードメーターの針は最高位置でストップ。ブレーキマスターのリストバンドも当時と同じトリコルール

 スペンサー選手はこのレース後にヨーロッパへ旅立ち、世界GPに参戦します。この年に「NS500」に乗ったスペンサー選手は自身初めての、ホンダにとって15年ぶりの世界GPでの優勝を果たします。

 デイトナのスーパーバイクレースには、翌1983年から水冷V型4気筒エンジンの「VF750F」が参戦します。つまりスペンサーカラーの「CB750F」に乗ってスペンサー選手が優勝したのはこの1戦だけで、アメリカでのラストチャンスを見事に勝ち取った、そんなドラマチックな優勝だったわけです。

 この紺と青のラインのスペンサーカラーは1982年型の「CB750F」北米仕様車のカラーリングで、国内ではこのラインの「CB750F」は販売されていません。それでも日本の多くのファンがスペンサーカラーと呼んで「CB750F」とスペンサー選手の栄光を語り継いでいきました。

 このカラーリングをなんとなく見慣れているのは、その後に販売された多くのCBがこのスペンサーカラーを採用したからです。

 そうして物語は最新鋭の「CB1000F」も絡んでまだ続きます。

 空冷時代の最強のスーパーバイクの1台となったゼッケン19番をつけた「CB750F」ですが、このマシンはデイトナで優勝した後はお役御免となりました。トラックに乗せられてロサンゼルスのアメリカホンダに帰る途中で、ルイジアナ州のスペンサー選手の自宅に降ろされて、その後何十年か保管されていました。

 時代は流れ、そのデイトナで優勝した「CB750F」はホンダコレクションホールに引き取られ、レストアされて展示されていました。

 2025年10月、ホンダの熊本工場で「ホームカミング」イベントが行われた際に、初めてコレクションホールの外へ持ち出されました。熊本工場に集まったファンの前でエンジンを始動し、この日に合わせて来日したスペンサー選手自身がアクセルを捻り、1980年代の爆音を轟かせるというシーンがありました。

 1982年から40年以上の歳月を挟んで「CB750Fデイトナレーサー」と最新鋭の「CB1000F」が、そしてスペンサー選手とファンが繋がった瞬間でした。

■ホンダ「CB750Fデイトナレーサー」(1982年型)主要諸元
エンジン種類:空冷4ストローク直列4気筒DOHC4バルブ
総排気量:1023cc
最高出力:140PS/10500rpm
車両重量:178kg

【画像】懐かしい!? 新型「CB1000F」のカラーリングのベースとなる「CB750Fデイトナレーサー」実車を見る(12枚)

画像ギャラリー

Writer: 柴田直行

カメラマン。80年代のブームに乗じてバイク雑誌業界へ。前半の20年はモトクロス専門誌「ダートクール」を立ち上げアメリカでレースを撮影。後半の20年は多数のバイクメディアでインプレからツーリング、カスタムまでバイクライフ全般を撮影。休日は愛車のホンダ「GB350」でのんびりライディングを楽しむ。日本レース写真家協会会員

編集部からのおすすめ

無理せず引き出せる絶大な安心感! ブリヂストン「BATTLAX RACING STREET RS12」で味わう極上のハイグリップ【PR】

無理せず引き出せる絶大な安心感! ブリヂストン「BATTLAX RACING STREET RS12」で味わう極上のハイグリップ【PR】

最新記事