大型自動2輪免許取得への道 45年の時間を埋める技能教習に感動!?

レーシングドライバーの木下隆之さん(筆者)は、大型自動2輪免許取得に向けて『レインボーモータースクール和光』に通い、さまざまな発見が楽しいと言います。どういうことなのでしょうか?

あのとき憧れていたナナハンライダーに、なる!!

 1960年生まれの僕(筆者:木下隆之)はつまり、“悲劇の大型2輪世代”である。16歳の誕生日を迎える前年に道路交通法の改正があり、バイクの免許が排気量400cc以下の中型と、それを超える大型に区分けされた。

『レインボーモータースクール和光』で大型自動2輪免許の教習を受ける、レーシングドライバーの筆者(木下隆之)

「滑り込み、タッチ・アウト~!?」週刊少年チャンピオンの「ナナハンライダー」に憧れて育った僕に、そんな絶叫が聞こえたような気がした。

 当時は暴走族が社会的問題になっていた時代でもある。免許制度の改正は危険なライダーの淘汰が目的だったように思うが、黒髪を真ん中から分けてブレザー姿で高校に通っていた僕らでさえ、おしなべて、暴走族予備軍とみなされていた節があった。

 ただ区分されただけならば苦悩はなかった。まだ自動車教習所で大型2輪免許取得のための教習はなく、試験場での一発試験に挑まねばならない。だがその試験の合格率は5%未満……もともと若者の暴走を抑制するのが目的の施策だが、高校生だというだけで不合格だったように思う。夢のナナハンライダーが霞の中に消えていった。つまり、悲劇の大型2輪世代なのである。

 それでも僕は一発試験に二度ほど挑戦した。だが二度とも不合格。一本橋やクランクなど、そんな難所すべてをそつなくこなして完走(減点式で途中で検定終了になる)したのだが、教官は僕に不合格を宣告した。その理由を聞いても答えない。ともかく、不合格の一点ばりだった。これは、高校生だというだけで合格させる気がないのだと確信した。

 怒り心頭で僕は大型2輪免許の取得をあきらめた。以降の45年を僕は、“400cc以下のバイクしか乗れないことの劣等感”を抱えながら過ごしてきたのである。

 だが時代は変わった。法改正によって、教習所での大型2輪免許の教習が開始されたのである。道は開けた。個人的にもナナハンライダーへの想いが再燃し、『レインボーモータースクール和光』の門を叩いたわけだ。

筆者(木下隆之)は大型自動2輪免許取得の暁には、ホンダ「レブル1100」に乗りたいと考えている

 レインボーモータースクールを選んだのには明確な理由がある。ひとつはホンダのグループ会社だからだ。ホンダは「レブル1100」をラインナップしている。僕は日々、「レブル1100」でツーリングする姿を夢想していた。だからホンダつながりで、レインボーモータースクールという縁を尊重したのだ。

 そして『レインボーモータースクール和光』の教習は、丁寧な教育姿勢で評判が良い。ましてやライダーをふるい落とすのが目的ではなく、優良なライダーを育てる環境が整っている。最良の教習所だったからである。

 ただしというか、やはりというか、昨今の教習所は盛況である。コロナ禍に端を発した環境の変化で、三密とは無縁の移動手段としてバイクへの注目が高まっている。リモートワークの浸透で、教習所に通う時間も得られる。つまり大変混んでいる。

 ただ、普通2輪免許所持者はすべての学科教習が免除され、最低12時間の技能教習を終えたのちに、卒業検定で合格すれば晴れてナナハンライダーになれるのだ。

技能教習などバイクに乗る際はライディング用のプロテクターを装備する

 というわけで、日々レインボーモータースクール和光に通うことになったのだが、教習が始まって驚いたことがいくつかある。まずは、プロテクターの装備は初体験だった。胸部、背中、肩、肘、膝、くるぶしを守るパッドなど、まるでオートレースのライダーのような重装備……。現役ライダーならば百も承知の常識かもしれないが、バイク素人の僕には慣れない体験だった。レインボーモーターサイクルでは装備を無償レンタルしてくれる。改めて、バイクに乗るということの安全性を再確認した次第だった。

 いざ技能教習が開始しても、驚かされることが少なくない。倒れた大型バイクを起こすことから始まるのは想像していたことであり、またがる前に後方の安全確認も知っていた。だが、停車中にギアチェンジをするたびに、後方確認するとは予想していなかった。停車中に左足でギア操作するには、右足を地面に下ろすことになる。後方からクルマが走ってきたら、その右足が轢かれるかもしれない、という心配である。まさかそこまで安全確認が厳格だとは予想していなかったのである。

免許取得に向けて、12時間の技能教習をこなす

 というような些細なことの発見が楽しくもあり、バイクに対する安全意識が高まっていく。完全防備のスタイルで僕は、教習バイクであるホンダ「NC750」にまたがった(つづく)。

【了】

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Writer: 木下隆之

1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。

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