車椅子レーサー、青木拓磨の活動から目が離せない ~木下隆之の、またがっちゃいましたVol.155~
レーシングドライバーの木下隆之さん(筆者)は、車椅子レーサー青木拓磨のモータースポーツへの情熱がスゴイと言います。どういうことなのでしょうか?
2輪から4輪へ、モータースポーツへの挑戦は続く
青木拓磨の活動が旺盛だ。世界のトップライダーだった青木拓磨は、テスト中の事故により脊髄を損傷、下半身不随になった。全日本スーパーバイクで王者になり、ホンダワークスとして世界GPに参戦、GP500で表彰台に立っている。そんなライダーとして絶頂期での事故だった。それを機に、車椅子での生活が続いている。

だが、彼のモータースポーツへの情熱は薄れることはなかった。バイクのレースができないのであれば4輪がある。障害者用の補助装置をつけたマシンで海外ラリーに挑戦、砂漠を突き進むサバイバルラリーであったにもかかわらずクラス優勝に輝いている。
国内のスーパー耐久レースにも参戦、そればかりが、世界三大耐久レースと言われる、ル・マン24時間耐久レースにも参戦してしまったのである。しかもマシンは、純1シーターの本格レーシングカーである。健常者であっても、ごく一部のプロドライバーしか乗りこなすことのできないマシンでの参戦なのだ。
それに最近、BMW・M2CSレーシングで、GTワールドチャレンジアジアにも挑戦している。じつこのマシンは、僕(筆者:木下隆之)が2022年に挑戦したニュルブルクリンク24時間レースで駆ったマシンである。彼のモータースポーツへの情熱は1mmも鎮まらないのだ。
今回、GTワールドチャレンジアジアでコンビを組んだのは、チームオーナーでありプロレーシングドライバーでもある高橋裕史だ。健常者と同じマシンをドライブするために、改造は最小限にとどめる必要があった。

下半身不随の彼は、両手だけでマシンをコントロールする。ステアリングに違いはないが、アクセルペダルとブレーキペダルからは、シャフトが手元まで導かれ、左手で押し込めはブレーキング、手首でひねればそれがアクセル操作だ。
幸いなことにトランスミッションは2ペダルのオートマチックであり、クラッチ操作の必要はなかった。
それでも健常者とほぼ違わぬラップタイムで周回するのだから、ライダーで証明したモータースポーツセンスは、クルマでも発揮されていることを物語る。
彼の活動はまだまだ続く。また改めて紹介しようと思う。
Writer: 木下隆之
1960年5月5日生まれ。明治学院大学卒業後、出版社編集部勤務し独立。プロレーシングドライバーとして全日本選手権レースで優勝するなど国内外のトップカテゴリーで活躍。スーパー耐久レースでは5度のチャンピオン獲得。最多勝記録更新中。ニュルブルクリンク24時間レースでも優勝。自動車評論家としても活動。日本カーオブザイヤー選考委員。日本ボートオブザイヤー選考委員。








