奈良県「助人トンネル」ケーブル垂れ下がりバイク転倒死亡事故 トンネルは「既存不適格」だった ライダーが残した教訓

橋やトンネルなどの道路構造物にも、建物と同じように建築基準があります。充分な通行空間が確保できない場合など基準を満たさない構造物は「既存不適格」とされます。ケーブル垂れ下がり死傷事故の現場となった「助人トンネル」(奈良県十津川村)もそのひとつでしたが、事故が起きるまで、こうしたトンネルの施工方法は事業者任せ。事故防止の手順が示されていませんでした。

オート3輪全盛時代のトンネルに、大型車が行き交う“危険”

「助人トンネル」(奈良県十津川村)の開通は、1959年(昭和34年)です。63年前の物流はオート3輪が主流。その後、四輪トラックの移行期に突入しますが、それでも主流は、積載量1t程度の小型車でした。高度成長の黎明期、現代のような大型車は想像すらできない時代のサイズ感で作られたトンネルで、バイク転倒死傷事故は起きました。

事故直後の壁面誘導灯は進行方向を示すもので、トンネル全体に光は回らなかった(2022年6月8日/撮影=中島みなみ)
事故直後の壁面誘導灯は進行方向を示すもので、トンネル全体に光は回らなかった(2022年6月8日/撮影=中島みなみ)

 事故の直接原因は、大型車がすれ違いで、左端に寄り過ぎて側壁に固定された電源ケーブルを引っかけて外れたこと。その後に宙吊りになったケーブルに突っ込んだライダーを、ケーブルが引き倒しました。

 捜査は継続中で結論は出ていませんが、現場写真を見ると、改めて理不尽な事故であることが伝わってきます。なぜ電源ケーブルは大型車が引っかけられるような場所に固定されていたのか。

 トンネル内には明確な中央線はありませんが、道幅5.5mの対面通行です。トラックの横幅は1.69~2.5m。大型車がすれ違うのは難しい狭さです。

 現在の基準であれば、車道の側端に保守管理や歩行者用の通路を設置して、側壁と車両が接触しないような構造にしなければなりません。側端の通路は車道より一段高く、仮に車道幅が5.5mでも、側壁と衝突することはありません。

 さらに、現行の基準で求められるトンネルの高さは4.5m。車両が通行できる有効長でこの高さを確保することが必要です。しかし、助人トンネルは、最も高い部分で4.99メートル。有効長は3.5mしかありませんでした。

 道幅も狭い、高さも足りない「既存不適格」の「助人トンネル」で、さらに通行空間を狭める設置をなぜ行なったのか。それが今回の事故が起きた原因と大きく関わります。

工事はトンネルの通行状況を考えて行なわれたのか

 事故当時、「助人トンネル」では補修工事が進行中で、大型連休中の作業は休みでした。コンクリートの劣化などを補修するため、天井照明が取り外され、側壁に誘導灯が取り付けられました。この電源として、天井から壁面に沿って地面に垂直に電源ケーブルが敷設し直され、大型車のすれ違いなどで車体が壁面に接触し、ケーブルの固定が外れる可能性が生まれていました。

国道168号にあふれる注意看板。トンネルの通路幅はぞれぞれに違うのに、注意喚起は全部同じ(2022年12月11日/撮影=中島みなみ)
国道168号にあふれる注意看板。トンネルの通路幅はぞれぞれに違うのに、注意喚起は全部同じ(2022年12月11日/撮影=中島みなみ)

 工事が行なわれていない状態では、天井照明はトンネル上部のアーチ状になった空間に電源ケーブルとともに設置されています。側壁と車両がぶつかることはあっても、設備と車両は、物理的に衝突を回避する構造になっています。

 ケーブルを移設するだけなら、あるいは事故は起きなかったかもしれませんが、さらに、悪いことが重なりました。

 国道168号は、地元で有名なツーリングコースであると同時に、周辺工事で、いつになく大型車両が頻繁に動いていました。国道168号は拡幅だけでなく、新たなルートを切り拓いて、片側2車線ある高規格道路として生まれ変わろうとしています。「助人トンネル」のすぐそばでは、片側2車線の新しいトンネルが開通しました。今は事故でトンネルに関係する工事が中断。大型車の交通量は減っていますが、それでも工事車両は目立ちます。

 こうした中でも事故が起きないように、事前に地元警察と道路管理者の間で、安全通行確保のために協議することが定められています。「助人トンネル」補修工事の場合は、奈良県五條土木事務所と奈良県警五條警察署が、安全を協議したことになっています。ここで狭いトンネルを大型車が行き交うことに警鐘が鳴らされていたならば、事故を防ぐことができたかもしれません。

 どのような協議が行なわれたのか、情報公開で資料を取り寄せましたが、検討資料は、注意看板の設置位置を示す工事施工者のイラスト絵だけでした。警察は道路管理者の計画を追認するだけ。協議は形骸化していました。

「危機管理は検証から始まる」とは、道路管理者のトップである荒井正吾知事の言葉です。起きるはずのない事故が起きた、では被害者は報われません。

【画像】バイク死亡事故発生現場「助人トンネル」の状況を見る(6枚)

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Writer: 中島みなみ

1963年生まれ。愛知県出身。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者を経て独立。行政からみた規制や交通問題を中心に執筆。著書に『実録 衝撃DVD!交通事故の瞬間―生死をわける“一瞬”』など。

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