家康公ゆかりの地をバイクで巡る旅 瀬名が散った浜松、魂が眠る「西来院」を訪れた
大河ドラマ『どうする家康』の中で、女優の有村架純さんが演じる家康が愛する妻、築山御前(つきやまごぜん)で呼ばれる瀬名は、織田信長の命により、夫の家康に殺害されたことで悲劇のヒロインとしてのイメージが強まりました。そんな瀬名の魂が鎮められている、静岡県浜松市中区の「西来院(せいらいいん)」をバイクで訪ねました。
家康が愛する妻、瀬名の魂が眠る地
大河ドラマ『どうする家康』の中で、女優の有村架純さんが演じる家康が愛する妻、築山御前(つきやまごぜん)こと瀬名(せな)は、織田信長の命により、夫の家康に殺害されたことで悲劇のヒロインとしてのイメージが強まりました。そんな瀬名の魂が鎮められている、静岡県浜松市中区の「西来院(せいらいいん)」をバイクで訪ねました。

今川義元(いまがわよしもと)の姪で、のちに徳川家康の妻・正室となった瀬名は、ドラマでも数多くの女優が演じてきました。大河ドラマでは1983年『徳川家康』の池上季実子さんに始まり、近年では2017年『おんな城主 直虎』の菜々緒さんが印象的でした。
静岡市瀬名の出身だから「瀬名姫」と呼ばれ、のちに「岡崎城」の「築山曲輪(つきやまくるわ)」に住むことになったので「築山殿(つきやまどの)」と呼ばれるようになります。
瀬名の歴史を紐解くと、死因や家康との関係など様々な視点から研究されていることがわかりますが、『どうする家康』では2人は幼い頃から仲が良く、相思相愛の可憐な妻という演出がなされています。

1579年9月19日、瀬名と信康(のぶやす:家康の嫡男)は敵対している武田勝頼(たけだかつより)への内通疑惑により、家康の命令で斬殺されています。そう仕向けたのは、家康の同盟相手である織田信長でした。一体何があったのか?
信康の妻であり、織田信長の娘である徳姫(五徳とも呼ばれる)と瀬名は非常に仲が悪い嫁・姑関係だったと言われています。その徳姫が父の信長に告発したというのです。
告発の中には「瀬名と信康が敵方の武田勝頼(たけだかつより)と内通している」という内容があったため、信長は家康に対し、瀬名と信康の殺害を命じます。家康はその命に従う決意を固め、信康は浜松の「二俣城」で切腹、瀬名は信康の助命嘆願のため「浜松城」への道中、城の西に位置する佐鳴湖(さなるこ)で殺害されたと言われています。

瀬名は享年38歳。実際の夫婦仲はわかりません。ドラマのような関係であったかもしれないし、そうではなかったのかもしれません。
瀬名の墓は浜松市中区広沢にある「西来院」の「築山御前月窟廟(つきやまごぜんがっくつびょう)」に納められています。「三方ヶ原(みかたがはら)の戦い」の地、「犀ヶ崖(さいががけ)資料館」の説明スタッフに勧められて「西来院」に足を運んでみました。そこの解説板には、悲劇の歴史が次のように記されていました。
「力において優れていた信長の命令とはいえ、三河のため、徳川家康安泰のために屈服せざるを得なかった家康の苦悩もさることながら、あまつさえ身に覚えなき謀反人の汚名を着せられて、一人淋しく浜松の野に散華(さんげ)した御前の姿を想うとき、いかに戦国乱世とはいえ、余りの痛ましき、はかなきに涙を禁じ得ないものがある」

訪れた「西来院」は静謐な雰囲気の寺でした。静かに手を合わせると、御前の前で苔の上に落ちている紅葉が儚く映りました。








