ピストンが丸くない!? かつてホンダが開発した「長円」や「楕円」ピストンを採用したエンジンとは 市販化もされた!?
バイクのエンジン(内燃機関)と言えば、シリンダーの中で「丸い筒型のピストン」が動いている、というのが常識ですが、そんな常識を根底から覆した「長円形のピストン」を採用した凄いエンジンが存在しました!
2ストロークに勝つために生れた「長円ピストン」
「ピストンは丸い(真円)のが常識」と誰もが思っているのではないでしょうか。ところがホンダはかつて「長円型のピストン」のエンジンを開発し、レースに参戦しました。現在のMotoGPの元と言えるロードレース世界選手権500ccクラス(WGP500)に、1979年から参戦した4ストロークV型4気筒エンジンを搭載する「NR500」です。

ホンダは1959年からロードレース世界選手権(WGP)に参戦をはじめ、全クラス(サイドカー除く)でマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得したことで、1968年にWGPから撤退します。
そして11年後の1979年に、WGP復帰を決めます。当時のWGP500のレギュレーションは2ストロークも4ストロークもほぼ同じ「4気筒で500cc」だったため、クランク1回転毎に爆発する2ストロークが圧倒的に有利でした。
しかしホンダは4ストロークで勝つことを目標に掲げ、「NR500」を投入しました。
クランク2回転で1回爆発する4ストロークで、2ストロークと同等以上のパワーを得るには、エンジンの高回転化が必須です。とはいえ高回転に有利な多気筒化(たとえば6気筒や8気筒など)はレギュレーションで不可能です。
また高回転化にはシリンダーの内径を大きく広げ「超ビッグボア×超ショートストローク」という手法もあります。こちらは吸気バルブや排気バルブを大径化できるメリットもあって現実的ですが、あまりにバルブを大きくすると慣性質量が大きくなるため、高回転まで回しにくくなるデメリットもあります。
そこでホンダが考案したのが、真円ピストンの常識を打ち破った「長円ピストン」です。
長円型にすると吸排気バルブを直線に並べられ、多バルブ化でバルブの有効面積を稼げるうえに(真円ピストンに大径バルブだと無駄なスペースができる)、バルブ単体が小型・軽量なので慣性質量が小さく、高回転化に有利です。
また吸気バルブの有効面積が大きいので充填効率に優れるため爆発力が大きく、トルクが大幅にアップするメリットもあります。これは大袈裟に言えば、排気量の拡大や自然吸気(NA)と過給エンジン(ターボなど)の差に近い効果があります。
そんな超・画期的な長円ピストンの4ストロークV型4気筒エンジンは猛烈なパワーを発揮し、「NR500」はライバルの2ストローク勢を上回るほどのトップスピードを発揮しました。……が、実際に走るとあまりに高回転まで回るため、バルブサージング(バルブが正確に開閉しなくなる現象)を起こしたり、長円型のピストンを支えるためにコンロッドが2本あるため僅かな誤差でも捻じれてしまうなどトラブルが多く、レースでは結果が出せませんでした。
長円ピストンのエンジンは1980年、1981年と改良を重ねましたが、とにかくレースに勝つことを優先して1982年には2ストロークの「NS500」に置き換わり、「NR500」は姿を消しました。ちなみに「NS500」は1983年にWGP500でチャンピオンを獲得しています。
GPマシンから耐久マシンへ
長円ピストンのエンジンはWGPから姿を消しますが、じつは耐久レース世界選手権に向けて開発が続いていました。レギュレーションの「市販予定の4ストローク750cc(当時)」に合わせ、1987年のル・マン24時間レースに参戦した「NR750」です。
結果としてはマシントラブルのため3時間でリタイヤとなりましたが、予選ではフランス・ホンダチームの「RVF750」に迫るタイムを記録するなど、確かなパフォーマンスを発揮しました。しかし長円ピストンを用いたレーシングマシンは、このレースが最後となりました。
「楕円ピストン」を採用した市販車を発売!
レースでは終焉を迎えた長円ピストンですが、10年以上に渡るノウハウを注ぎ込んだ集大成と言えるエンジンが、ついに市販車に搭載されました。1992年に発売された「NR」です。

排気量747ccの4ストロークV型4気筒エンジンは、1気筒当たり8バルブの計32バルブを装備。NRレーサーと異なり吸気はキャブレターから電子制御式燃料噴射(PGM-FI)に変わり、最高出力は国内仕様では当時の自主規制に合わせ77馬力でしたが、輸出モデルは125馬力を発揮しました。
じつはレーシングマシンの「NR500」や「NR750」は長円ピストンでしたが、「NR」(市販車)は「楕円ピストン」(正確には正規楕円包絡線円)で、微妙に形状が異なっています。
長円ピストンは半円と半円を繋ぐ部分が直線になるため、ピストンとシリンダーの気密性を保つのが困難で、また金属加工の難しさも量産に向かなかったからです(ワークスのレーシングマシンはほぼ単品製作なので問題にならない)。
そこで「NR」(市販車)では量産しやすい楕円ピストンが採用されました。とはいえバルブの有効面積は大きく、高い充填効率を確保できるメリットは変わりません。
「NR」(市販車)の楕円ピストンを用いたV型4気筒エンジンは耐久レーサー「NR750」の進化型で、アルミ製ツインスパーフレームや軽量なマグネシウムホイール、片持ち式スイングアームのプロアームを装備し、カウリングはカーボン(CFRP)製ですが、バイクのカテゴリーとしてはスーパースポーツ(当時の呼称ではレーサーレプリカ)ではありませんでした。
当時の日本はバブル期ということもあり、車両の価格はなんと520万円で限定300台。おいそれと手が出るバイクではありませんでしたが、ホンダの技術と夢が詰まった、歴史に残る1台です。
Writer: 伊藤康司
二輪専門誌『ライダースクラブ』に在籍した後(~2005年)、フリーランスの二輪ライターとして活動中。メカニズムに長け、旧車から最新テクノロジー、国内外を問わず広い守備範囲でバイクを探求。機械好きが高じてメンテナンスやカスタム、レストアにいそしみ、イベントレース等のメカニックも担当する。











