当時のファンが熱狂した栄光の「USインターカラー」!! 連続世界チャンピオンを獲得したヤマハ「YZR500」とは

「USインターカラー」と呼ばれ当時のファンを熱狂させたアメリカ・ヤマハのレーシングカラーは、黄色と黒で「スピードブロック」を直線的に描いた「YZR500」の大活躍にありました。

連続世界チャンピオン獲得で定着した「USインターカラー」

 2026年のモーターサイクルショーで注目を集めそうなモデルのひとつが、新しいグラフィックが発表されたヤマハ「XSR900 GP」(2026年2月27日発売)ではないでしょうか。

「USインターカラー」と呼ばれる「黄色と黒」の塗り分けが印象的ですが、このグラフィックには1970年代まで遡る、歴史とストーリーがあります。

 メーカーがレースに参戦する際には、マシンを自分たち独自の色に塗って観戦客に分かりやすくアピールします。「USインターカラー」はアメリカに進出したヤマハが、主にアメリカ国内でのレースで使用したものです。

 1972年にプロレーサーとなったケニー・ロバーツ選手は、AMAルーキー・オブ・ザ・イヤーに選出され、その年に乗っていたヤマハ「XS1」も「USインターカラー」に塗られています。これは四角が連続する「スピードブロック」を取り入れた、独特のラインにデザインされました。

 その後、ロバーツ選手は「USインターカラー」のヤマハに乗り、アメリカ国内のチャンピオンを(ダートとサーキットの両方で)何度も獲得しました。

 1977年、ロバーツ選手はいよいよ世界選手権ロードレースGPの500ccクラスにフル参戦します。

ヤマハの「USインタカラー」を定着させた「YZR500(0W35K)」(1978年)
ヤマハの「USインタカラー」を定着させた「YZR500(0W35K)」(1978年)

 ヤマハは1964年以来、世界GPでは白いカウルに赤のラインというカラーリングを使用しており、1978年には赤のスピードブロックで走らせていました。しかしロバーツ選手は1人だけ「USインターカラー」の「YZR500」で参戦し、その年から3年連続で世界タイトルを獲得します。

 このロバーツ選手の活躍により、「USインターカラーはロバーツ選手の色」というイメージが固定されました。

 この時期に、ロバーツ選手は宮城県の「スポーツランドSUGO」で行われていた「TBCビッグロードレース」という大会に参戦しています。日本でも「USインターカラーのYZR500」とロバーツ選手のレースを生で見られたわけです。

 写真のヤマハ「YZR500」は、1978年の世界GP500ccクラスでロバーツ選手が乗ったファクトリーマシンで、「0W35K」という形式名称です。このマシンで走ったのはロバーツ選手だけなので「ケニーのYZR」と呼んでも熱心なファンには通用します。

 水冷2ストローク並列4気筒エンジンには、排気タイミングをコントロールできる「YPVS(ヤマハ・パワー・バルブ・システム)」を装備しています。排気量499ccで最高出力は105PS以上でした。

 スイングアームはアルミ製角断面チューブをトライアングル形状で組み、リンクの無いモノクロスサスペンションを装備しています。1978年はこの「YZR500」で11戦中4勝しており、最も高性能なクラシックレーサーの1台と言えるのではないでしょうか。

当時のケニー・ロバーツ選手が見ていたコックピットにはタコメーターと水温計のみ
当時のケニー・ロバーツ選手が見ていたコックピットにはタコメーターと水温計のみ

 さて、往時の「YZR500」と発売されたばかりの「XSR900 GP」を見比べると、じつに上手く「USインターカラー」を取り込んでいることに感心します。

 ただし「XSR900 GP」はオマージュした車両を限定せずに、1970年代から1980年代のアメリカや世界GPの世界観をカラーとグラフィックで再現しているようです。

 フロントのゼッケン部分が「YZR500」では黄色に黒の縁取りだったところ、「XSR900 GP」では白地となっています。アメリカのプレミアムクラスレースは白いゼッケンを使用しており、ロバーツ選手はデイトナ200マイルやラグナセカなどでも優勝しています。

 2026年モデルの「XSR900 GP」オーナーになったら、「USインターカラー」の歴史になぞらえた、自分だけの世界GP仕様にカスタムする楽しみもあるでしょう。

■ヤマハ「YZR500(0W35K)」(1978年)主要諸元
エンジン形式:水冷2ストローク並列4気筒
総排気量:499cc
最高出力:105PS/10500rpm

【取材協力】
ヤマハ・コミュニケーションプラザ(静岡県磐田市/ヤマハ発動機本社隣接)
※本記事中の写真は許可を得て撮影しています

【画像】「USインタカラー」はここから生まれた!! ヤマハ往年のファクトリーマシン「YZR500」を画像で見る(13枚)

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Writer: 柴田直行

カメラマン。80年代のブームに乗じてバイク雑誌業界へ。前半の20年はモトクロス専門誌「ダートクール」を立ち上げアメリカでレースを撮影。後半の20年は多数のバイクメディアでインプレからツーリング、カスタムまでバイクライフ全般を撮影。休日は愛車のホンダ「GB350」でのんびりライディングを楽しむ。日本レース写真家協会会員

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