ふっくらボディと“白地に赤のライン” 2年連続世界チャンピオンを獲得したヤマハ「RD56」は「グランフリの貴婦人」
ヤマハの世界ロードレースGPへの参戦初期に初優勝に導き、チャンピオンを獲得するなど大活躍した「RD56」(1965年)は、当時少数派だった2ストロークエンジンで劣勢を跳ね返し、その後のGP新時代を切り拓きました。
空冷2ストローク時代の名車「RD56」は新世代技術も満載
1965年に登場したヤマハ「RD56」は、レース専用に少数生産された特別なバイク(ファクトリーマシン)で、ヤマハが世界ロードレースGPに参戦し始めた時期に大活躍しました。
ヤマハは1955年に設立し、その10日後には富士登山レースに参戦し、優勝しています。その後も浅間火山レースやアメリカの国際レースへの出場を経験しました。レースと共に成長したバイクメーカーがいよいよ、1961年から世界GPへの挑戦が始まります。
「RD56」はGP参戦3年目の1963年に世界GPへ投入され、伊藤史郎選手のライディングでヤマハにGP初優勝をもたらしました。その後1965年まで3シーズンを戦い、世界GPシリーズ通算15勝と2年連続で250ccクラスの世界チャンピオンを獲得するなど、素晴らしい成績を残しています。

2002年から始まったMotoGPは4ストロークエンジン車が走っていますが、それ以前は日本車による2ストローク車の全盛時代がありました。技術の進歩と時代の流れは繰り返すものなのか、概ね1960年代以前の世界GPでは4ストローク車が優勢でした。
この1960年代の250ccクラスは、2ストロークのヤマハ車とホンダや海外の4ストローク勢の戦いでした。この激しい250ccの2スト&4スト時代の争いを制し、ついに2ストローク車でクラス初の世界チャンピオンに輝いたのがヤマハ「RD56」です。
当時の2ストローク車の課題は、高回転で長時間走行する際のエンジン内のオイル潤滑でした。レースはそういった技術的要素が表面化し、短期間で解決しなければいけない研鑽の場でもあります。
ヤマハ「RD56」の成功はヤマハ独自の2ストロークの強制潤滑装置による効果も大きな要素でした。この強制潤滑装置は間もなく市販車の分離給油機構「オートルーブ」へと転用され、1964年発売の「YA6」を始め、世界中を走る多くの2ストローク車に採用されました。
「RD56」の2ストロークエンジンは、ローターリーディスクバルブという形式です。構造上エンジンの左右にキャブレターが置かれ、正面から見ると左右に張り出すように配置されて、それを囲うカウルは下半分に独特の膨らみがあります。そのしなやかなカウル形状から連想すれば、「RD56」を「貴婦人」と例えることもできます。

また「RD56」についてもうひとつ知っておきたいことは、このカラーリングです。世界の舞台へ挑戦し始めたヤマハがバイクに塗った色が、日の丸を思わせる色だったのは自然なこともかもしれません。
現在のヤマハのコーポレートカラーはブルーですが、「RD56」の白のカウルや燃料タンクの中央に引かれたにスカーレット(赤)ラインも、精悍で独特の爽やかさを感じさせる美しさがあります(緑色のゼッケンは当時の250ccクラスを示す指定色)。
2026年はヤマハの創業70周年を記念した、特別なカラーリングを施したアニバーサリーエディションが「YZF-R」シリーズに設定されています。この特別色はヤマハを世界の頂点に押し上げた「RD56」から着想を得ています。
古今東西レースマシンに塗られた色は、レーシングカラーとしてファンの心に明確な記憶を定着させる効果があります。しかも優勝やチャンピオン獲得の栄光が伴えば、それは一生の宝モノと言えます。
ヤマハがGP参戦第1期とも言えるこの時期は、自社製のレースバイク(ファクトリーマシン)には「R」で始まる車名をつけていました。「RD」は「レース用250cc」を表し、「RA」は「125cc」という具合です。数字は当時の開発コード番号でした。
「RD」という車名はその後、ヤマハの2ストロークスポーツ車の「RD」シリーズに継承され、50ccから400ccまで使用されました。
■ヤマハ「RD56」(1965年)主要諸元
エンジン形式:空冷2ストローク並列2気筒
総排気量:249cc
最高出力:50PS/11000rpm
全長×全幅×全高:1947×500×1092mm
車両重量:115kg
【取材協力】
ヤマハ・コミュニケーションプラザ(静岡県磐田市/ヤマハ発動機本社隣接)
※本記事中の写真は許可を得て撮影しています
Writer: 柴田直行
カメラマン。80年代のブームに乗じてバイク雑誌業界へ。前半の20年はモトクロス専門誌「ダートクール」を立ち上げアメリカでレースを撮影。後半の20年は多数のバイクメディアでインプレからツーリング、カスタムまでバイクライフ全般を撮影。休日は愛車のホンダ「GB350」でのんびりライディングを楽しむ。日本レース写真家協会会員












