シールドの水滴や曇りから防ぐには? ライダーの視界を守るための試行錯誤【MotoGPの現場から No.3】
MotoGPのパドックで、HJCヘルメットのレーシングサービスを行なう長谷川朝弘さんによる、現場のリアルです。ヘルメットのレーシングサービスやMotoGPのパドック、そしてMotoGPとともに移動する旅での出会いなど、30年以上にわたってMotoGPに関わり続ける長谷川さんの視点でお届けします。ライダーの視界を守るための試行錯誤について紹介します。
レースの40分間だけ、視界が曇らないようにする
みなさん、こんにちは。MotoGPのパドックでHJCのレーシングサービスを担当している、トミーハセガワ(筆者:長谷川朝弘)です。今回は、ライダーの視界に大きく影響する、ヘルメットのシールドの話をしたいと思います。

まずは、シールドについた雨粒のこと。これを飛ばすために溶剤系を使うと、プラスチックに影響してしまうんですよね。何度も使っていると、溶剤がプラスチックに侵入してしまったり、シールドが硬化してパキンと割れたりするんです。変な溶剤を使うと、そういうこともあります。
MotoGPの現場では、通常はスペシャルなものを使っています。同時に、僕は予備としてガラコさんの「ガラコBLAVE」を持ち歩いています。これも成分に「アルコール類」と書いてあるから、本当は良くないんでしょうけどね。
ただ、極端な話、レース現場で使う物は、使い捨てみたいなものじゃないですか。傷ついたら捨てますから。レースの現場だからこそ使えるものもあるし、使えないものもあるんです。
僕としては(シールドが)「40分もてばいい」という考えです。決勝レースの40分間さえもってくれれば、完璧です。
マルク・マルケスだけがやっている、シールドの水滴飛ばし
シールドの曇りという点で、雨のレースでサイティングラップを終えてライダーがグリッドについたとき、ヘルメットを脱ぐことは問題ありません。でも、頭を濡らしたくはないですね。髪の毛が濡れると水蒸気が発生してしまうから。
昔、暑いからって水を頭にかけて、それからヘルメットを被るライダーもいました。それは絶対にダメですよね。頭から水蒸気が出て、ヘルメットの中の湿度が高くなってしまうんですよ。絶対にダメです。
それから、2スト時代と4スト時代でも違いがあります。4ストマシンはエンジンが大きいし、熱いですよね(編集部注:現在のMotoGPマシンは4ストローク1000ccエンジン)。2ストの方が熱量は少なかったんです。
ヘルメットをタンクの上に置くライダーもいますが、2スト時代は問題なかったけど、現在の4スト時代は、雨で走った後だとエンジンからの熱気で水蒸気が上がってくるわけです。タンクの上にヘルメットを置いているだけで、その水蒸気が入ることがあるんですよ。最近はヘルメットをいくつも用意しているので、レースではサイティングラップの1周とレースで、ヘルメットを被り換えてもらったりもしますね。
ヘルメットはライダーのアシスタントに管理してもらい、僕はグリッドにはシールドだけ持って行きます。
スタート前のグリッドに入るためのパスについてはちょっとしたエピソードがあって、昔の話になるんですが、「ヘルメット屋はグリッドにいらない」と言われたんです。アシスタントがヘルメットを持っていけばいいじゃないか、とね。
それで交渉してヘルメット屋にもグリッドパスが出るようになったんですけど、そのときのことがあるので、僕はシールドは持っていくけどヘルメットは持っていかない、というところを貫いています。
グリッドでシールドを変えることは度々あります。晴れていても雨用のシールドを持っていくし、雨でも晴れ用のミディアムスモークやダークスモークなどを持って行きます。(サイティングラップを終えて)グリッドについてからスタートまで30分ありますから、ひどいときにはその間に天候が変わるんですよね。
あとは、グリッド上だけではなく、ピットに戻ったときもそうなのですが、ライダーは雨でもシールドをばかんと開けるんですね。癖だろうから仕方ないとは思うのですが……。シールドの上の部分に水が溜まっていると、ぱかんと開けたときの衝撃でその水がシールドに飛んで、それが曇りの原因になります。
グリッド上でもピットに戻ったときも、雨のときは絶対にシールドを開けないでくれ、ピットで話すときはヘルメットを脱いで話してくれ、とライダーには伝えています。
マルク・マルケスのアシスタントは、マルケスがピットに戻ってきたときにエアガンでシールドについた水滴を飛ばすんです。エアガンでシールドを吹くのは彼だけです。マルケスもわかっているんでしょうね。(雨のときはシールドに水滴が飛ばないように)シールドを開けるときもそっと開けます。

1990年代、2000年代初頭は、ヘルメットの曇りについて、日本メーカーと海外メーカーで圧倒的な違いがありました。コーティング剤、曇り止め加工の仕方で、段違いでしたね。
最近では、全メーカーが「PINLOCK(ピンロック)」の二重フィルムをつけています。一部の会社は独自で作っているそうですが、それ以外はピンロックを使って対策していますね。
街中なら、ピンロックを使っているヘルメットは100%完璧です。絶対に曇らない! でも、レースの世界では極限ですから、バイクの熱気、湿気、水しぶきが上がってくるし、ライダーの運動量もすごいから呼気や汗も出ます。MotoGPではピンロックを使っていれば、5割以上は大丈夫かな、というところですね。
どのメーカーでもそうですが、ヘルメットのベンチレーション性能が上がっていることも、シールドの曇りが改善している要因のひとつです。
ただ、ベンチレーション性能って、ライダーの最終判断なんですよね。HJCの「RPHA1」はけっこうベンチレーション性能が良いです。額部分に1カ所、額のはえぎわに2カ所、口元に2カ所、後頭部に自然と抜けるのが2カ所ベンチレーションがあるのですが、全開にすると風がすごく抜けるんです。雨のときはある程度閉めてね、といったこちらの要望は伝えるのですが、暑いときも含めてベンチレーションを開ける、閉めるはライダーの判断になってしまうんですよね。
ライダーの視界を守るための、試行錯誤
ティアオフ(ヘルメットのシールドに貼られる使い捨てフィルム)の話をすると、水ってどこにでも侵入するんですよ。シールドとティアオフのすき間にでさえ、すーっと入っていくんです。そうなると、ライダーの視界に影響してしまいます。

それを解決するために試行錯誤をしていて、ティアオフに代わるある特殊な素材にたどり着いたのですが、長期間保存してからそれをはがそうとすると、シールドのコーティングも一緒にはがれてしまうということが起こりました。
これが何回かあって、一時期はその素材を使うのをやめていたんです。ただ、コーティングの剥離が起こる前は、4~5人のライダーが使っていて、「いい!」と言ってもらっていました。問題があってやめる、と言ったら、「なんでだ」と言われたくらいです。剥離の問題がなければ、水の弾きも良かったし、そのまま使っていたんですけどね。
あと、細かいことですけど、基本的にこういうブース(※タイGPはフライアウェイのため、トラックではなくコンテナタイプのオフィスだった)の時は、ドアを開けっぱなしにしています。タイは湿気がないからいいのですが、湿気の多いマレーシアなどでは冷えた部屋からヘルメットを表に出すと、気温差と湿度でシールドに湿気がついてしまうんです。だからドアを開けて、エアコンがあっても暑くなってしまう部屋で作業しています。それはヘルメット、シールドを大切に守りたいからです。そのために万全を期しています。
ライダーの視界をクリアに保つためのこうした試行錯誤や行動を、常に続けています。
■HJC HELMETS
韓国のヘルメットメーカー「HJC」は、2025年シーズンは3名のMotoGPライダー、ファビオ・クアルタラロ、ブラッド・ビンダー、ミゲール・オリベイラをサポート。彼らが使用するのは市販製品である「RPHA1」(※モデル名は販売国によって異なる)
(まとめ:伊藤英里)
Writer: 長谷川朝弘
2001年からシーズンを通してMotoGPを転々とし、パドックでヘルメットのレーシングサービスに携わる。2016年、HJCのレーシングサービス担当者に。最大限かつ最も重要なサポートとして「視界をクリアに保つこと」をポリシーに、日々試行錯誤を続けている。






